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第10話

最近ヒュドゥカの帰りが遅い。夕食を共にしない日に、晩酌の相手をすることはない。この二週間、七音はヒュドゥカと朝食時にしか顔を合わせない日が続いていた。 そして今日はとうとう朝食も早々に済ませて出かけてしまったという。 「ヒュドゥカ忙しいんだね。まさかどこかと戦うことになって、出陣するんじゃ……」 「いいえ? いまは敵対国のどことも和平が保たれております。ヒュドゥカさまは、新しいオメガのかたをお迎えする用意でお忙しいようです」 「新しい……オメガ」 愕然とする七音に気づかないのか、アルは着替えを済ませた七音の寝間着とシーツを纏めて、部屋を出ていく。 「そっか。別にアルファは何人ものオメガを番に出来るんだもんな」 オメガにとって、番の相手はただひとり。だが、アルファは首を噛む契約さえ結べば、幾人ものオメガを番にすることができた。 ──俺じゃ、足りないってことだ。 もしくは七音は不要ということか。 特別にうまくいっていると言わないまでも、ヒュドゥカとは友好な関係を気づけていると思っていただけに、七音の動揺は激しい。 ましてやヒュドゥカは七音の想い人だ。初めこそ獣人が番だなんて思いもしなかったし、うまくやっていけるか不安もあった。だが今は番がヒュドゥカで良かったと心の底から思っている。 「ヒュドゥカに捨てられたらどうなるんだろう……」 番を失ったオメガは別のアルファと番なおすということもできない。拒絶を示す体を無理やり奪ってもらうか、頭がおかしくなりそうなほどの発情をひとりで乗り越えるかしか生きる術はない。 眩暈に襲われた七音は、ベッドに倒れこんだ。 「七音さま?」 部屋に戻ってきたアルが声を掛けてくるが、七音は返事をすることができなかった。ただじっと体を丸め、嫌なことを考えないようにするだけで精一杯だった。 *** 「七音、大丈夫か? 今日はなにも食べられなかったと聞いた」 ヒュドゥカの声に起こされて、七音は目を開く。窓の外が闇に染まっているが、今が何時くらいなのかまでは分からない。 帰ってきたばかりなのだろうか。室内着とは違う立派な衣装を着たヒュドゥカが七音の顔を覗き込んでいた。 「大丈夫、です」 「医者は大事ないと言っていたそうだが、どうなんだ?」 「大丈夫です……妊娠してもいません」 「…………!」 医者が初めに疑ったのは、最初の発情でヒュドゥカの子を授かったのではないかということだった。だが調べた限りでその兆候は見られず、ただ疲れが出たのだろうと言われた。 「せめて子を授かれば……」 そうしたら七音は屋敷から追い出されずに済むだろうか。 「なにを言う。そんなことは天が決めること。それよりも、欲しいものはないか?」 「と……」 特にありませんと言おうとして、七音はヒュドゥカのふかふかの毛に目を向ける。 ヒュドゥカがどういうつもりか分からないが、心配してくれている今なら望みを言えるかもしれない。 「共に眠って貰えませんか?」 「ああ、毛布代わりだな」 わかったとヒュドゥカは言い、服を脱ぐ。そうして下履き一枚になって七音のベッドに入った。だがいつものように七音のほうから近づくことはできない。 「どうした。おまえの毛布だ」 ぐいと引き寄せられて七音はふかふかの毛に沈む。しばらくそうしていると、落ち込んで冷え切っていた体がほんわりと温まった。 こんな風に寄り添ってくれるのも新しいオメガが来るまでだろうか。そう思うと居ても立っても居られなくなる。 「七音、なにをしている」 「オメガの仕事です。俺たちはアルファの血統を残していくために居る。発情期以外は確立が低いって言われてますけど、しないよりはしたほうが確立も上がるだろうし」 七音は体をヒュドゥカの足元に向けてずらし、足のつけ根に横たわる雄に手を伸ばしていた。硬くなっていない状態ですでに七音の指が回らないほどのそれを擦る。 「やめろ。俺は発情期以外に七音を抱くつもりはない」 はっきりとした拒絶だった。動けなくなった七音の体を引き上げて、元通りにその胸に抱く。 「今はまず体を休めるんだ」 その話は終わりだとばかりに言われ、七音はそれ以上なにを望むこともできなくなった。

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