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第11話

三日ほど経つと七音の心も落ち着いてきた。元から自分で自分の運命など選べない立場だ。事が起こってからそれを受け入れるしかない。 ベッドに居ながらだが、また少しずつ食事を口にするようになり、顔色も良くなったとアルが言ってくれる。 「七音さまは部屋に閉じこもりすぎなのかもしれません。少し散歩などされて、体力をつけるのもいいかもしれませんね」 七音が寝込んだ理由が疲れの蓄積だと信じているアルが提案してくれるが、七音は外に出る気持ちにはなれないでいた。 闘技場に出かけた時のようにオメガを蔑む獣人たちがひどい言葉を投げてきたら。 あの時はヒュドゥカと一緒だったから耐えられた。だが七音ひとりでは、広く世界を見る勇気など出ない。 伽を断ったヒュドゥカだが、朝までしっかりと胸に抱いて眠ってくれたことを考えると、新しいオメガがやってきても七音が追い出されることはないだろう。 番った責任はきっと取ってくれるつもりでいる。 「ヒュドゥカは優しいね」 「はい! ヒュドゥカさまは貴族でありながら、私たち平民にも親切で、優しくしてくださいます」 とんでもない世界に連れてこられても、七音が苦労なくやってこられたのはヒュドゥカが手を尽くしてくれたからだ。細やかなところはアルが手助けしてくれる。 アルがオメガで人間の七音に親切にしてくれるのも、ヒュドゥカが命じているからだろう。アルがヒュドゥカを信頼し、そのヒュドゥカの命だからこうして七音の世話係をしてくれるのだ。 「アルも、いつも優しくしてくれてありがとう」 「七音さま……」 嬉しいですと、アルが飛び跳ねて喜んでいると、半開きになっていた扉からヒュドゥカが顔を覗かせた。 「なにをしているんだ、アル」 「あ、ヒュドゥカさま! 申し訳ありません。七音さまが嬉しいことをおっしゃられるものですから」 「そうなのか?」 ヒュドゥカは七音に問いかける。 「アルにいつもありがとうと伝えただけです」 「そうです! それに、ヒュドゥカさまのこともお優しいと褒めておいででした」 「本当か?」 「…………はい」 それは確かに本心だが、面と向かって言うのは照れた。 「今日はずっと顔色がいい。もし気分が良いなら、会って欲しい人がいる」 「会って欲しい……人?」 ざっと視界が曇る。なんとなく湧き上がる悪い予感に七音の胸はぎゅっと縮んだ。聞きたくないと思うのに、その口は咄嗟に問い返している。 「おまえと同じオメガの人間だ」 ──ああ、やっぱり。 七音が寝込んでいる間に、ヒュドゥカは新しいオメガを番に迎えたのだ。当然その人物も同じ屋敷に住むことになるのだから、会わせておこうということだろう。 「今日はまだ……」 「そうか」 七音が難色を示すとヒュドゥカはあっさりと頷き、立ち上がる。 「ではまたにしよう」 久しぶりに顔を合わせたというのに、ヒュドゥカはさっさと行ってしまう。もう少しだけ傍にいたいとも言い出せず、七音はまたベッドに臥せる。 ──きっと、新しいオメガのところに行ったんだ。 それはどんな人間だろう。男性か、女性か。太刀打ちできないくらいの美人なら、これからは朝食や晩酌を共にすることもなくなってしまうかもしれない。 ──やだな。俺も一咲みたいな姿に生まれたかった……。 今さら願ってもせんないと分かっていても、七音は願わずにはいられなかった。

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