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第12話
声がした。
一咲の声だ。
夢だろうか。
そう思いながらも七音は声のするほうへと足を進める。
声は中庭から続くサロンから響いてくるようだ。
ゆっくりとした足取りで近づくうち、ヒュドゥカの声、もう一人低い声の男、それから一咲によく似た声が聞こえてくる。
──まさかそんなはずがない。新しいオメガが一咲のはずがない。そんなこと……
中庭の樹の間からその姿がはっきりと見えた。一咲だ。
くるりと柔らかな曲線を描く亜麻色の髪。それからこぼれそうな大きな瞳。笑うと片頬にだけできるえくぼ。どこをどう見てもそれは一咲だった。
知らない男は後姿だったが、ヒュドゥカの横顔はよく見える。とても優しい顔で一咲に話しかけているのを見て、七音は踵を返して駆けだした。
──そんなのない! 一咲になんか勝てるはずがない!
あの寮で、一咲は文句なしに一番の美人だった。オメガは往々にして容姿に優れている者が多い。だが一咲の美貌はその中でも一歩抜きんでていた。誰もが野原に咲く一輪の薔薇を見逃しはしない。
初めからヒュドゥカはそのつもりだったのだ。なかなか一咲の発情期が訪れないうちに、予定を変えて七音のことも番にしたのだろう。
ヒュドゥカは優しくはしてくれるが、七音のことを欲してはいない。発情期以外に抱かないのもそれが理由だ。
──愛されなくても、他のオメガが来てもいい。一咲だけは嫌だ。
寮で一番の親友だったとはいえ、七音はヒュドゥカへの想いを自覚してしまった。どうやったって一咲のことを羨んでしまうし、妬んでしまう。そうはなりたくない。
「七音さま、どこに行ってらしたんですか」
姿の見えない七音を探していたらしいアルと連れ立って七音は部屋に戻る。窓を閉めれば一咲の声は聞こえてこなかった。だがそうして扉を閉ざして見ないふりをしたところで、一咲がヒュドゥカの番となった事実は変わらない。
──ヒュドゥカ、ヒュドゥカ、ヒュドゥカ!
恋しいという気持ちの代わりにヒュドゥカの名を呼ぶ。だけどどれだけ心の内で叫んだところで、ヒュドゥカは七音のところには来てくれなかった。
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