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第13話
今日はヒュドゥカの屋敷でパーティが開かれる。薔薇が綺麗に咲き揃う時期に毎年開催していると言うが、今回はそれが口実にすぎないのではないだろうか。
七音も揃えられた衣装を身に着けて部屋で待っているが、一向にヒュドゥカが呼びに来ない。
エスコートして行くと言われ、七音はヒュドゥカの言いつけ通りに待っていた。中庭を超えて晩餐会の歓声は伝わってくる。
「初めは皆さまとご挨拶がありますから、ヒュドゥカさまはお忙しいのですよ。少し落ち着かれてから七音さまをお呼びになって、みなさまに披露されるご予定なのでしょう」
──本当にそうなのかな。
疑心暗鬼になっている七音は、勝手に覗きに行こうか、それとも逃げ出そうかなどと考えている。
今日の衣装にも首の噛み痕を隠す飾りが含まれている。確かに七音はヒュドゥカの番なのに、その立ち位置は危うい。
「七音、待たせた」
より一層華美な衣装を纏ったヒュドゥカに呼ばれ、七音はほっとする反面、ついに一咲と対面する時が来たのだと気を引き締める。
どうかその場で無様な姿を見せないよう、ふるまいたい。そう決意を固めて七音はヒュドゥカの腕を取った。
近づくにつれ、ピアノのような旋律が晩餐会を盛り上げているのがよく聞こえてくる。鍵盤を叩くように、七音の胸もまた激しく叩かれている。
「皆さん、ご紹介します。俺の番、七音です」
合図でピアノの音が止むと、全員がヒュドゥカに注目した。その中で七音は紹介される。こういう時の作法などなにも聞いていない。七音がぺこりと頭を下げれば、会場から拍手が巻き起こった。
「ここに居るのは俺の部下やその家族、それから友人たちだ。気兼ねすることはない。楽しんでくれ」
「はい……」
確かに、思っていた以上に晩餐会の雰囲気はくだけていた。小さな子供もたくさん来ているし、あちこちで楽しげな笑い声が上がっていて、堅苦しさは感じない。
「七音……? 七音!」
「い……さき」
会場を見回している七音のところに飛び込んできたのは一咲だった。七音同様に綺麗な衣装を纏い、首に飾りをつけている。
「本当に会えた! 嬉しい!」
あまりにも明るく振舞う一咲に、七音は圧倒される。さっきの挨拶を聞いていないはずはない。七音がヒュドゥカの番だとはっきり聞いたはずだ。それなのに、同じアルファの番という立場になっても、何も思わないのだろうか。
「朝、七音が寮を出たって知って、淋しかった。もう会えないって思ってたから、本当に嬉しい!」
「俺も……会えて嬉しい」
なんとかそれだけを絞り出していると、ヒュドゥカが一咲と一緒にいた男に話しかける。
「リデラン、張り込んだな」
「それはもう、有り金全部はたかせて貰いました」
リデランと呼ばれた男とヒュドゥカが気安く話していると、一咲がぽっと頬を染めた。まずは七音との再会を喜んだ一咲だが、ヒュドゥカの存在を思い出したのだろうか。
「リデラン、七音だ。七音、俺の団の副総長のリデランだ」
「あ、初めまして……」
「初めまして」
ヒュドゥカとさほど変わらぬ体躯の獣人は、さっと手を出してくる。その手を取ると、しっかり握り合わされ、ぶんぶんと上下に大きく振られる。
「七音。僕、今はリデランの屋敷にいるんだ。といってもここみたいに大きなお屋敷じゃなくて、小さいところなんだけど」
「え……」
てっきり一咲はこの広いヒュドゥカの屋敷のどこかに住んでいるんだろうと思っていた。もしくはヒュドゥカの寝室に一緒に暮らしているのかもとも。だがどういう事情か、一咲はリデランの屋敷にいるらしい。
「いつでも遊びに来るといい。もちろん七音がリデランのところに行ってもいい。アルを連れていけば大丈夫だろう」
「ええええ、小さな屋敷ですが、騎士団の副総長の家に押し入ろうなんて馬鹿なヤツはそう居ないでしょう」
それはめっぽう腕が立つということだろうか。
先日の闘技場での戦いを見て部下を選ぶ立場なのだ。ヒュドゥカやリデランが弱いはずもない。
落ち着いたヒュドゥカと、明るく賑やかしいリデランが仲良くやっているというのは、あまり想像がつかない。だが、ヒュドゥカがくつろいだ様子を見せているのだ。本当に腹心の部下なのだろう。
「おーい、総長、副総長! こっちにも来てくださいよ」
かなり酒が回ってきている様子の男に呼ばれ、ふたりは苦笑いしながら歩いていく。ヒュドゥカがちらりと振り返り、七音と一咲に小さく頷いた。
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