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第14話

ふたりが離れた後で一咲が七音の耳に顔を寄せる。 「七音、僕ね、リデランと番になるかもしれない」 「どういう……こと?」 ヒュドゥカと番になったのなら、リデランと番にはなれない。そんなことを同じ寮で学んだ一咲が知らないはずがない。だとしたら、一咲はまだ誰とも番っていないということだ。もちろんヒュドゥカとも……。 「今はお試し期間なんだ。リデランと一緒に暮らしながら、リデランと番になっていいか考えてくれって。でもたぶん、リデランと番になると思う」 「なんで? 発情した時にヒュドゥカと番にならなかったのか?」 「ヒュドゥカさんと?」 きょとんとした一咲を見て、七音は何か大きな思い違いをしているのではないかと気づく。 「僕はまだ発情期を迎えてないよ?」 「だったらなんでここに……」 「ふつう、みんな発情期を迎えた夜にどこかに連れていかれるでしょう? だけど僕は発情期でもないのに『番のアルファのところへ移送します』って言われて、薬を嗅がされて、気づいたらこの国に来てた」 そう。それが通常の手順だ。発情したオメガはアルファのすることを拒否できない。どんな相手だろうと、オメガはアルファに服従してしまう。おそらくその特異性を利用して、発情した晩にアルファが迎えに来るのだろう。 それ以外に寮を出たという前例を聞かない。 「ヒュドゥカさんが呼んだんだよ。かなりの対価を払ってくれたみたい」 「そこまでしたのに、ヒュドゥカは一咲を番にしなかったのか?」 「だってヒュドゥカさんの番は七音でしょ? 七音、ヒュドゥカさんとうまくいってないの?」 まるでわけがわからない七音と同じように、一咲も驚いた顔をしている。 「ヒュドゥカさんのこと、好き? 嫌い?」 「好き……だけど」 「じゃあ何が不満? ヒュドゥカさんは七音のために……っと、やっぱり言うの止めた。ヒュドゥカさんに直接聞きなよ。たぶんそのほうがいいと思う」 言いかけたくせに一咲は説明を止めた。じれったくて仕方ないが、一咲は一度決めたら貫く頑固さがある。 「なんて、聞くの?」 「『ヒュドゥカ、俺のことめちゃくちゃ愛してるでしょ?』って」 「は、あ?」 そんなこと言えるはずもない。 ずっとヒュドゥカが七音のことをどう思っているか知りたいと思ってきた。だが、それを聞いてよくないことを言われたら、一生立ち直れない。そう思って避けてきた。 「絶対そのまんま、聞きなよ」 一咲は何かを確信しているようだが、七音にはさっぱり分からない。それからしばらく食事をしながら互いの近況を話した。 リデランのところは下働きの男がひとりいるだけで、一咲が料理をしていること。慣れない料理で明らかな失敗作を造っても、リデランは「美味しい」と言って食べてくれること。 リデランがひとつしかないベッドには一緒に入らずに、硬い木の床に布団を敷いて寝てしまうこと。寝言で何度も一咲の名前を呼んでいること。 どれを聞いても一咲がリデランに好意を寄せていることは明白だった。首の飾りは突然の発情が訪れても大丈夫なようにってリデランが買ってくれたらしい。 これは本来番が贈るもので、七音たちがいた国でいわゆる婚約指輪に相当するもののようだ。アルファたちは自分たちの財や愛情を示すため、高価な飾りを贈る。リデランは副総長に抜擢されたばかりで、貯えも殆どなかったらしい。それでも色々な手を使って、一咲のために相応のものを贈ってくれたというのだ。 「そこまでされて、番になりませんなんて言えないよ」 仕方なくというような口ぶりだが、一咲がリデランに心を寄せていることは表情に現れている。 「絶対に、僕が言った通りに聞くんだからね」 帰り際、一咲はそう念を押して帰って行った。ヒュドゥカより先に部屋に引き上げた七音は、サロンから出る前にヒュドゥカに「後で部屋に来て欲しい」と伝えてあった。 ──本当に聞いてもいいのかな。 七音は自信が持てないまま、ヒュドゥカの訪れを待った。

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