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第15話

アルを部屋に返したのが分かっていたのか、ヒュドゥカは扉を小さく二回ノックすると、七音の返事を聞かずに部屋に入ってきた。 「再会は楽しめたか?」 「はい……ヒュドゥカが新しく迎えたオメガって……」 「ああ、一咲のことだ」 もしかして他の人間がいないかと疑った七音に、ヒュドゥカは肯定を返す。 つまり一咲を呼んだのはヒュドゥカだが、初めから番にする気はなかったということだ。 ──それならもしかして……もしかして。 「ヒュドゥカ、俺のことめちゃくちゃ、あ……愛してるでしょ?」 七音は顔を真っ赤に染めながらヒュドゥカに聞いた。 違うと言われたら立ち直れない。 ばかな奴だと言われたくない。 だけど聞きたい。 覚悟を決めて答えを待つ七音に、ヒュドゥカはふっと微笑んだ。 「なんだ、知ってたのか」 「…………!」 「気づかないふりをしているのかと疑ったこともあったが、気づいていないのが本当だろうと思っていた。本当は知っていたんだな」 「違う!」 七音がたまらずに叫ぶと、ヒュドゥカが驚いてみせる。 「知らなかった。だってヒュドゥカは新しいオメガを迎えるって言うし、その……誘っても拒否されたし。最近全然構って……くれなかったから」 言いながら恥ずかしくてたまらなくなる。どれほどヒュドゥカのことが好きか告白しているようなものだ。 「最近一咲を迎える手続きから、騎士団の新しい編成についての会議やらで忙しくしていたのは申し訳ない。体調も崩しているというから、遅い時間に顔を出すのが憚られた。やはりこの国で生きていくのが辛いんじゃないかと思って、一咲を呼ぶ日を早めたのだ」 「だから……発情期でもないのに?」 「そうだ。通常の手続きではないから、交渉が必要だった。残念なことに、この国で生きていけない人間のオメガがいる。心を病んで、亡くなってしまうんだ。七音をそうさせるわけにはいかない。そのためには、七音と支え合える友人がいるのがいいだろうと思った」 ヒュドゥカが一咲を呼んだ理由はそれだったのだ。初めから自分の番にする気などなく、ただ七音のためだけに呼んでくれたのだ。 「一咲と仲が良いって知ってたんだ」 「ああ。俺たちは寮で過ごすおまえたちの様子を見させて貰っている。途方もない額を支払っているんだ。どんなオメガでもいいわけじゃない。俺は七音のことをずっと見ていて、決めた。おまえを伴侶にしたいと」 寮で過ごす姿を見られていたなんて、思いもしなかった。アルファたちはどうやって番のオメガを選ぶのだろうと思っていたが、そういう仕掛けがあったのだ。 ただ選んだのではなく、七音の様子を知った上で選んだと言われて、嬉しい気持ちが胸の奥からどんどんとせり上がってくる。 「最初から……?」 「最初から七音を愛していた。だから発情した七音にあてられて分別のないことをしてしまった」 「それって……あの夜のこと?」 この部屋で目覚めた朝、七音はふつうに足をついたつもりで、膝から頽れた。その日一日はどうにも下半身に力が入らない状態でいたことを覚えている。 「七音にしたら一晩のことのように感じただろうが、寮を出て三日目の朝だ」 「三日!?」 その間ずっとヒュドゥカに抱かれていたということだ。だとしたらあれほどまでに足腰が立たなくなるのも無理はないだろう。 「すまない。どうにも我慢がきかなかった。ずっと焦がれていた七音の振りまく発情の香りから逃れることなどできなかった」 七音は憶えていないが、ヒュドゥカははっきりと憶えているらしい。七音は自分がどんな姿を見せていたのか分からないだけに、居たたまれない。 「でも……それから全然そういうことしなかったし、あげくには拒否されるし、発情してない時は用なしなのかなって」 「ああ。七音に煽られて堪えるのが大変だった。発情で蕩けた状態の七音ですらああだったんだ。用意のない体に触れて、七音が壊れたらどうする。途中で止める自信がないから断った」 「煽られるって……そんな」 七音が手を伸ばしたのはあの時だけだ。それも決死の思いだったというのに、断られてひどく落ち込んだのだ。 「俺を毛布代わりにしただろう、何度も。酒で蕩けているおまえは、あの晩のことを思い出させるというのに、ぴたっと甘えて縋りつかれて、よく耐えたと自分でも思う」 「あ……!」 あの行為がそれほど罪深いことだったなんて、思いもしなかった。ただただ心地よい感触に包まれていた七音の横で、ヒュドゥカは耐えていてくれたというのか。 「じゃあ……今夜も毛布になって」 「七音……おまえはひどいな」 「ひどくない。ヒュドゥカの好きに触って。ちゃんと愛してくれてるって、俺に分からせて」 もう耐えてほしくない。七音だってヒュドゥカに触れたいし、抱きしめられたい。ヒュドゥカもそう望むなら、そうして欲しい。そうしてあげたいのだ。 「さっきも言ったが、発情期でない七音を抱くのは無理だ」 「無理じゃない。だって……俺を伴侶にしてくれるんでしょ? 番なら発情期だけ抱き合えばいいかもしれないけど、伴侶ならいつだって抱き合いたい。だから俺のこと、そういう風につくり変えて欲しい……」

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