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第5話

  犬歯を突き立てられたが、痛さはそう大してなかった。最後の悪あがきだったのだろう。 灰白の狼は噛まれた狼爪を口の中から引き()りだし、童の両手首をひとつ縛りで掴むと焚いていた香の煙を直に吹きかけた。 すると、モノの数拍しないうちに彼はうっそうりとした顔になり、大人しくなってしまう。 「すまぬな。最初からこうすればよかったモノを。お前の立ち振舞いをみているとつい、悪い癖がでてしまう」 悪い癖とはなんだ?と思っても、目蓋ひとつ動かすことができない。 そして、恐怖で高まった感情が一瞬で鎮まり、金縛りの呪よりも心身に染み渡る気だるさは半端なモノではなかった。 どうして?と訊いたくとも、頭がまったくいうことを聞いてくれない。 だが幸いなことに、言霊で吊し橋効果になっていた赤褐の狼(シャムス)への恋心は跡形もなく消えたようだった。 同時に、身体の奥から発せられていた熱も治まると、一気に外気の冷たさが身に纏わりついてきた。 「………ぃや……、ぉ………れは………」 死にたくない。だが、反復する恐怖心までを削がれると、研ぎ澄まされた精神は目の前にある現実だけを残忍に映す。 「そう強がるな。素直になれ。この香は獣人の俺には効かないが、ひとの子のお前なら存分に効く魔性の香だからな」 あの童(兄弟子)さえ、この香の効力には手も足もでなかったからなと艶やかな声色でそう喋っても、もう童の耳には届いていなかった。 冷静さは何よりも毒だ。魂から切り離された精神は孤独を優雅する。 「…………………」 身体中の力が抜けたようで、童の身体は袿に沈む。少し開かれた唇に舌を入れても、されるがままで灰白の狼のことを受け入れていた。 「そうそう、この俺が骨の髄までしゃぶりつくし、お前の(いて)ついたその根性を徹底的に躾てやるから安心しろ」 そういう割りには、灰白の狼はゆっくりとした手つきで、優しく童の纏っているモノを剥いでいく。あの童(兄弟子)よりもより丁寧に、壊れ物を扱うように、そっとだ。そっと。 烏帽子は被っていなかったから、結っていた紐だけをほどくだけだ。 長い黒髪がするりとほどけて、袿の上に散らばる。ばさりと散らばった髪の毛からは匂袋の匂いなのか、童が纏っていた匂いと同じモノが袿いっぱいに広がった。 「ああ、堪らない………」 灰白の狼は細目(ほそめ)にする。黒灰の狼(ヒョニ)が今の彼の顔を見たら、卒倒するだろう。 そんなだらしない顔で、恋人や番を抱くように丹念に身体を優しく愛撫して甘い蜜を垂らすの心待ちにする。 推当てとばかりに大きく左右に引き裂かれた口端を上に吊り上げた。 童のいやらしい身体を詰り、抵抗どころかもどかしいと愛撫にすがる姿を銀眼に映す。 金縛りの呪が切れてきたのだろう。精神から引き離された身体は、従順を通り越し積極的になっていた。 「………ぁ、………ん、………っ」 熟しきった蕾に舌を這わすと身体を小刻みに揺らし、赤く成熟したザクロ色の唇が近づいてくる。首に腕を廻され、耳許で囁かれること僅か数拍。 「………ね、………もっと………しぉぅ」 心音が跳び跳ねるくらいの甘い吐息が背筋を通り、尾先まで震え上がらせた。軽い媚薬を吸わせただけでコレほどまで違うのか、そう思うくらい童の身体は、さっきよりも甘美で豊穣(ほうじょう)な香りを漂わせていた。 「コレは、俺の方が喰われそうだ」 心なしかそう呟いて、童の秘部に顔を埋めると童は自ら股を開く。媚薬にほだされているとはいえ、従順なその姿勢は怯えて身体を縮込ませていたときとは大違いである。 快楽に流され易い体質なのか、与えられる刺激に首を振り、ときたま甘い声を上げる。初床特有の恥じらいを含んだ呻きに、下半身にくるモノがあった。若い杏子の果実のように固く閉ざされた場所が、舌先で愛撫されると金魚の口のようにパクパクと呼吸をしていた。 「………ぁ、………っ、………はぁめ……っ!」 喘ぐ童の尋常ではない乱れ振りに、灰白の狼の理性が持たない。今まで抱いてきた中で、彼ほど本能を揺さぶられる者はいなかった。 甘い香に混じって、更に甘い何かがある。スンと鼻を鳴らし、青い果実に舌を這わせば奥からどろりとした蜜が溢れ出てきた。 まさかと溢れてくる蜜をザラリとした舌で掬い取る。匂いと味からしても、コレはオメガ特有の愛液。 直ぐ様、苦笑いをして灰白の狼は何度も確かめる。 「ああ、なんてことだ。とんだ拾いモノをしてしまった」 灰白の狼は抱かれて初めて覚醒するひとの第二の性にほくそ笑みを浮かべながら、丹念に解かし出す。 雄とは違って手間が要らないといっても、童は処女だ。ひつこいくらい愛撫を繰り返しても足りないくらいだ。 青い果実はどろどろに溶けた溶岩のように柔らかく解かされ、中の皺ひとつひとつまでが綺麗に伸ばされていた。 そして、灰白の狼の男根を待ち受けるようにソコはぐるぐるとうねっていた。張り裂けんばかりに勇み立ったその尖端を宛がって、ゆっくりと腰を沈めようとしたときだった。 「────ぃや、カル、マ………!」 虚ろだった黒い瞳が一気に覚醒する。魂と身体から切り離されていた精神が舞い戻ってきたようだ。 灰白の狼(カルマ)自身も細目を大きく見開いた。久々に聞いた自身の名もそうだが、媚薬の香から自力で帰還したモノをみるのは初めてだった。 さて、大きな瞳を鋭く尖らす童はもう怯えた様子ではなかった。か弱いが、意志のある眼差しの中には強さという光が宿っていた。 童の本質は内気ではなく、勝ち気が旺盛な負けず嫌いだ。もし、彼が内気であったなら、馬鹿にした同僚らをみ返したいなどと思うハズがない。 不意に辺りをみ渡せば、袿の上に散らばっていた呪符の一枚が一際蒼白く光っていた。 童に呪符の再起動の方法を教えたのは紛れもなく灰白の狼(カルマ)だ。だが、正直な話、彼がソレを使いこなせるとは到底思えない。 「───おい、お前、随分と洒落たことをしてくれるな?」 灰白の狼(カルマ)は己の中にある本質、嗜虐症(しぎゃくしょう)が彼の意志を無視して表に出てしまう。狼人が残忍だというのは、こういう無意識下にある性的加虐性(かぎゃくせい)の二面性を隠し持っているからだ。 もっと歪んだ顔がみたい。もっと悲鳴を上げる声が聞きたい。 膨れ上がる欲望は大いに理性をぶち壊す。好いた子を存分に泣かしたいという衝撞(しょうどう)高揚感(こうようかん)が抑え切れず、灰白の狼(カルマ)は近場にあった呪符を拾い上げた。 先ほどよりも強い術式。 元々込められていた呪に見合った念を込めて放とうとした。が、掴んだ呪符が袿の上に落ちる。 すると、呪符を握っていた腕を力強く掴まれてて、骨と肉がギシリギシリと軋んでいるではないか。 「…………なっ!」 思いも寄らない童の反撃に、灰白の狼(カルマ)は驚きの色を隠せれない。どういうことだといわれてもみれば、一目瞭然(りょうぜん)だ。 茵に組み敷いていた童の身体が不自然なほどに神々しく光っていたならば、ソレは明らかに豹変。否、まったくの別人である。 「───お前、………だ………」 喧嘩腰に言葉を放つが、いい終わる前にどしんという大きな音がする。 何事だと辺りを見渡せば、几帳と屏風が床に倒れていた。 同時に。 「…………くっ!」 全身に広がる痛みに、苦痛の呻き声が灰白の狼(カルマ)の口から漏れる。 更に気がつけば何が起こったのか解らないまま、童に覆い被さっていた身体が(うつぶ)せの状態で茵に沈んでいた。 「まったく、穏便じゃないのう?」 神々しく光っている童の身体が闇色と同じになったと思ったら、彼のモノだとは到底思えないくらい冷たく低い声が放たれ、続けられる。 「お前さん、何というのか、手順っていうモノを知らな過ぎるぞ?」 灰白の狼(カルマ)の身体に跨がっている童は困ったという顔で、ぺしぺしと平手打ちで彼の額を叩く。 相当困っているようだが、怒ってはいないようだ。 掴みどころのないひょうひょうとした顔で嗤う童は、やはり今し方抱いていた童ではない。ソレに、先ほどまでまったく感じなかった凄まじい霊気が彼の内側からひしひしと伝わり感じ取られる。 「まぁ、しっかしじゃ。この俺がきたからには安心するがよい。手取り足取り光沢というモノをお前さんに教えてやろうぞ!」 うんうんと大きく頷き、童はひとりで勝手に機嫌をよくしていた。  

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