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第11話
「まったく、助けられておいて離せとは何事じゃ。失礼なヤツよのう」
黒灰の狼人 を軽々と担ぎ上げている白銀の虎人は溜め息を吐きながら、何故か灰白の狼人 の方に哀れみの眼差しを向けた。
「あ、すまぬ」
「はぁ? 何故、貴殿が謝るんじゃ?」
悪いのはコヤツのひねくれた根性であろうと言う顔で、白銀の虎人は瞬きをする。幾ら、原因が灰白の狼人 にあったとしても礼をいうのは筋というモノ。
そんな無礼な黒灰の狼人 に対して、白銀の虎人は自由勝手な家臣を持って貴殿も大変よのうと伝えたかったようであった。
「………ぃや、何か、家臣の躾が行き届いておらぬと指摘されたようでな………」
灰白の狼人 は、家臣の不始末は主君の不始末であると頭を下げる。
案外、礼儀がなっているのは狼人の王の重臣だからだろう。
「ふむ、成るほど」
白銀の虎人は下ろせと暴れる黒灰の狼人 を担いだままぶつぶつと呟き、妻戸を背にした青年の方に視線を向けた。
青年は突然現れた白銀の虎人に向かって、申してみよと促す。
白銀の虎人は軽く頷き、口を開いた。
「主殿よ、コヤツに少々節度と言うモノを教えてやりたいんじゃが、良いかえ?」
許可を申し出るのは、ひとへの関与は式神という立場からしたら思想に反することだから、ひとである主の許可は必要不可欠なのだ。
因みに、ひとの世の神 はひとの信仰から生まれている為信心 が費えた地点で消滅してしまうが、自ら存在意義を持っている異界の神族は魔力で形成されている為魔素が少ないと魔力不足で生存不能になってしまうのが異界 の定石である。
「ん? ああ、構わぬが。白虎よ、俺に何か用があってココに来たのではないのか?」
青年は許可を与えるが、緊急なことがない限り白銀の虎人 は青年の意向を推進するようになっているから、そう訊く。
「おお、そうであった。シャムス殿が此方に向かっていることを、主殿に報せに参った次第じゃった」
コレはうっかりと白銀の虎人 は額を叩く。相当な忘れん棒であるが、彼は八百万 の神の中では一番人間味のある神だ。
「報告が遅れて、申し訳ない」
瞬時に真顔になって、白銀の虎人 は青年に頭を深く下げた。
「いや、構わぬよ。あの馬鹿 が下手くそ過ぎるのが悪い」
コレほどまでに時間稼ぎをしてやっておるというのに、本当に使えんヤツよとぼやき、大儀であったと逆に労う。
「お前さんはよくやってくれた。後は俺に任せるがよい」
「はっはぁ、痛み入りまする」
託されていた任務が解けたようで、白銀の虎人 はほくほくとした顔をする。
だが、白銀の虎人 に担ぎ上げられていた黒灰の狼人 は堪ったモノではない。
安定した担がれ方なら未 しも不安定な担がれ方だで、白銀の虎人 が頭を下げる度に頭が身体からもげそうなくらいブンブンと振り廻されていたからだ。
「おいこら、この虎 野郎! 私を担ぎ上げていることを忘れるな!」
がなる黒灰の狼人 は、床に叩き付けられることだけは避けたいと仕方なしに白銀の虎人 の首にしがみついていた。
「おお、コレはすまなかった。ほれ、この通りじゃ、許せよ」
飄々とした顔で謝るが、その度に黒灰の狼人 の身体を懲りずに大きく揺らすから、無益な反駁 心が余計に煽られる。
当然、きゃんきゃんと吠えるが所詮 は負け狼 の遠吠え、黒灰の狼人 は遊ばれていることにも気づいてはいない。
「こらこら、白虎、弄 りがいがあるのは解るが乳繰 り合うなら余所でせい」
青年は大仰 に嘆息すると、妻戸を跨いだ向かい側に見える対屋 に視線を送った。
「うむ、確かに。ココでは邪魔になるのう。ご無礼つかまつった」
青年の指示に素直に頷き、白銀の虎人 は一礼すると即座に踵を返すと妻戸に向かった。
その間。
「何がご無礼つかまつっただ。私に対しての非礼はないのか!」
振り廻される身にもなれ!と憤慨 する黒灰の狼人 だが、聞き逃してはならない言葉を完全に聞き逃していた。
「コレコレ、そう意気 がるでない。お前さんの悪いようにはならんよ」
ソレを良しとしたのか、青年は黒灰の狼人 を見てカラカラと嗤う。
「ハァ? 何が悪いようにだ! もう十分に悪感しておるわ!」
お前からも何か言ってやれ!と青年の隣にいる灰白の狼人 に話を振るが、白銀の虎人 がさらりと割って入る。
「コレはまた随分と好き勝手なことを申す口腔であるな。ま、嫌悪を面に出すことは良いことじゃが、嘘はいかんのう」
「何が嘘だ! 冗談ではないわ! 散々振り廻しておいて今更白 を切るつもりか!」
ああ言えばこういう黒灰の狼人 の態度に、灰白の狼人 までもが渋い顔をする。
「身内としては、コレを恥ずかしいというのであろうな………」
「貴殿よ、そう悲観なされるな。このわしが誠心誠意を持って、手取り足取り従者の心得というモノを教えてしんぜるゆえに」
だがしかし、少々黙ることも覚えんとならんのうと白銀の虎人 は何処からともなく勒 を取り出し、黒灰の狼人 の口角に銜 を嵌め込むと口吻に頬革を巻きつけた。
本日、コレで二度目の口吻の拘束に理性を完全に吹き飛ばした黒灰の狼人 はがなり捲る。
「ふがっ、んがっ、ふがっ、ふがっ!」
だが、口吻が無理やり閉じられているから何をいっているのか、まったく解らない。
灰白の狼人 は白銀の虎人 の手際の良さに感心するように見ているだけで、青年が少々哀れんだ目で口を開いた。
「お前さん、相変わらず、容赦ないのう? ああ、そうじゃ。コレは、俺からの餞別だ」
思い出したように黒灰の狼人 の懐に忍ばせる青色の薬包紙 は、頓服 なのだろうがその用途は皆目検討がつかない。
「ふがふがっ!」
ソレを見て、黒灰の狼人 は何かを叫んだようだがやはり何をいっているのか解らない。
しかも、白銀の虎人 に担がれて部屋を出ていく姿も憐れとしかいい様がなかった。
そんな賑やかに部屋を出ていく二人の背中を見送る青年に、灰白の狼人 が口を開く。
「おい、アイツに任せて大丈夫なのか?」
「ま、大丈夫じゃろう。二、三日は拘束されるじゃろうが………」
青年にしては歯切れの悪い物のいい方に少々不安は残るが、灰白の狼人 もそう悠長なことはいっていられない。白銀の虎人 が口に出したシャムスという輩が何者かを一応、把握して置きたいのだ。
そう、童 と青年に繋がりがあったとしても、白銀の虎人 が口に出したシャムスと童 が口に出したシャムスが同一だとは限らないのだ。
「ところで、アイツ がいっておったシャムスとやらは───」
一体、誰だ?と開く口を遮って、青年が抱き抱えていた童 を押しつけてきた。
「そんなことより、お前さん、辰星を連れて湯浴みに行ってまいれ」
「はぁ?」
灰白の狼人 は瞬きをして、青年をみる。
「はぁ、ではないじゃろう。このような寒空の下でいつまでもこのような格好をさせておいたら風邪を引くじゃろうが?」
可愛い弟弟子 にコレ以上辛い想いをさせるつもりなのかえ?と、ちらりと茵とひっくり返った唐櫃をみる。
何を云わんとしているのか解ったようで、灰白の狼人 は童 を抱き抱えたまま曲がった背筋をピンと伸ばした。
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