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本郷に、かつて何人も彼女がいたことは知ってた。節操のないヤツで、よく揉め事を起こしてたことも知ってた。 初体験が中1だったという本郷は当然そっちの経験が豊富で、女の子が好きで、俺と何回か抜き合いしたことも、要はたまたま一緒にアダルト動画を見て、たまたまそこにいたのが俺だったからってだけだと思ってて。 だから、「フェラさして」って言葉は、そのまま受け入れるにはハードルが高すぎた。 聞き間違えたか、それかフェラには何か違う意味の言葉が存在するのかな、なんて、俺はフル回転で他の可能性を考えた。 フェラーリ、乗りたい、とかさ。 フェラガモの靴、買えとかさ? どっちにしろ、俺の小遣いでどうにかできるもんでもなくて。 笑うところ、かな、と思ったけど。 本郷の目は、真剣だった。 「オレさ、もしかしたら女の子より、男が好きなのかもしんなくて。つーのはさ、なんか、どんな可愛い子とヤッても、みんなおんなじに思えてくんだよな。顔とか髪型とか違っても、結局最後やること一緒じゃん?」 「おまえそれ録音して昼の放送で流すぞ。」 「別にいーけど。てゆうか、みんなそう思ってんだろって思ってたんだよ、最近まで。別に相手とか、誰でもいいっつか、誰でも一緒つか。でも他のやつはそうじゃないらしいってなんとなくわかってきて、そんじゃ結局、オレは女の子が好きじゃないのかなって思ってさ。」 贅沢な悩みを吐き散らかした本郷は、隣に座る俺の股間に目を向けた。 「だから、ちょっと一回、試しにフェラさしてほしいんだよね。」 なんでそんな思考回路なんだよ、と思ったけど、本郷は絶句した俺になんかお構いなしで、ベルトに手を伸ばしてきた。 「でもさ、それだとおまえはまず間違いなく気持ちいいはずだから、ずるいと思うわけ。」 「…… は?」 「だって、負けたのはおまえだし。」 「いやま、そーだけどさぁ…… 」 「だから、基本的には、フェラされてる間は、オレのすることに抵抗しないこと。おけ?」 ベルトを外し、ニヤリと笑った本郷の顔に、俺は一抹の不安を覚えた。 「か…… 噛んだり、するなよ…… ?」 「…… やぶへびって言葉、知ってる?」 「ちょ、怖い無理やめろ脱がすなぁっ!」 俺は本気で恐ろしくなって、ジッパーを下ろしにかかる本郷の魔手から逃れた。そしたらあいつは、素直に手を引っ込めて、俺から拳2つ分離れたところに座り直した。 「じゃあさ、まずセーフワードを決めよう。」 「セーフワード?」 聞いたことのある響きではあった。たぶん、どっかで。学校で?テレビで?誰から?どんなシチュで?…… わからない。 つまり俺にとってそれは、聞いたことはあっても全く馴染みのない言葉だった。 「オレもされたことは多くてもしたことはないからさ、」 ここで本郷はさり気なく自慢を挟んだ。 「オレが暴走したり、行きすぎたりしたら、おまえがそれを止められる、呪文を決めよう。オレを強制的に機能停止にする、最後の手段的な。」 「…… ラピュタの、『バルス』みたいな?」 「うーん、そうだなぁ。いや、犬夜叉の、『おすわり!』の方が近いかな。」 本郷がそう言って、ちらりと視線を投げてきた。 俺はなぜかドキッとして、ベッドに座っている腰がそわそわした。 「そんなんで、止まんの?」 「止まるよ。…… オレは、Domだから。」 顔を背けて目を伏せた本郷の横顔は、男の俺から見ても整っている。その顔がふいにこっちを向いて、真顔で呟いた。 「…… 好きだよ。」 一瞬、時間が止まったかと思った。 目が合ったまま、動けなくて。 窓の外から、チリンチリン、と自転車のベルの音が聞こえて、あぁ、止まってるのは俺たちだけだ、と気づいたとき。 「…… とかいう、普通にポロッと言っちゃいそうなのはダメなんだよ。」 そう言って、本郷がにやっと笑った。 「だから、『カッコいい!』とか、『イケメぇン!』とか、気持ちいいとかもっととかあーん、死んじゃうー!とかもダメ…… 」 「言う、わけ、ねぇだろそんなこと!!」 俺は手の甲で、本郷の胸にツッコミを入れた。

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