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13.
俺は結局、あの時に決めたセーフワードを、一度も口に出したことがない。
あれから、フェラも何回かされて、その時はセットみたいに後ろもいじられるし、結局は最後までやっちゃって、いつも本郷の口車に乗せられるみたいに流されちまうんだけど。
昨日まで俺は、セーフワードを言おうとしたことはなかった。
でも。
ホントは今日、ウィダニーのとき、俺はそれを言おうとしたんだ。
ゼリーが壁を突き破るのは本気で怖かったし、止めなきゃと思ったから。
だけどその前に、あいつはゼリーのパックを握り潰した。俺に、それを言う間を与えなかった。
だから俺がセーフワードを言っても、それが「効力を発しない」ことが、本郷には分からなかったんだ。
俺は保健体育の教科書を閉じた。
ダイナミクス、という言葉が、人生に大きく関わってくるのは、DomとSubと呼ばれる人達だ。
俺たちNormalには、はっきり言って他人事 なんだ。だから俺は、授業もろくに聞いてなかったし、教科書もちゃんと読んでなかった。
でもそこには、ちゃんと書いてあった。
【セーフワードは、Subの安全を図るためにDomとSubの間で取り決める】
あの時、本郷がセーフワードを決めようと言ってきた時、俺はそのことを知らなかった。
DomとSubの間で取り決めるものだと、知らなかった。だから特に抵抗もなく、それに応じた。
でも、自分がDomだという自覚のある本郷が、知らないはずはない。
間違いない。
本郷は俺のことを、Subだと勘違いしてるんだ。
あいつにそう言われたことはない。たぶん、さっきのだって、俺に聞かれたとは気付いていないんだろう。
俺がもう寝てると思ったんだろうな。
実際、その後2秒で落ちたし。
でも俺は聞いてしまった。
優しく髪を撫でて、耳元でささやいた声を聞いてしまった。
まるで、恋人 にするような、甘い仕草。
それで、あぁ、なるほど、と腑に落ちるところもあった。
本郷は、俺を自分のSubだと思ってるから、かまってくるんだな……
でも、俺はSubじゃない。
絶対。
だって、別にいじめられたいとかいう願望はないし、痛いのは嫌いだし、誰かに支配されたいとか、思ったことなんかない。
俺だって、この世界にDomとSubという人たちがいるのは前から知ってた。
ドラマとかもよくあるし、実生活でも、ああ、あの2人はDomとSubなんだなって、一目でわかるカップルもいる。
Subはよく首輪して歩いてるし。ステディなDomに守られてますって顔で、首輪の飾りちゃらちゃらさせて、なんか自慢げに。
それとかレストランで、Domの足元に座ってたり。
そういうの、街で見かけると、正直、ちょっとどうなのって思う。
だって…… やっぱ変だよな?
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