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「海老沢。」 呼びかけると、肩がわずかにピクリと上がった。 「もう、大丈夫だから。口開けて。」 それを聞いた海老沢の反応が、どう見てもおかしかった。ブルブルと首を振って、ベッドの上を壁際までずって逃げた。 おかしい…… 手を伸ばしたら、強くはね除けられた。いよいよおかしいと思って開けて見せろと言ったのに、海老沢は頑なにそれを拒否する。唇を強く結び、泣きそうに歪めた顔を激しく振った。 手がつけられない…… オレは海老沢を「支配」しないように、ずっと気をつけてきた。 Domの支配に、Subは逆らえない。 オレが服従させる気になって言葉を出せば、拘束するつもりで視線を送れば、それに海老沢は抵抗できない。 だから「命令」と「視線」には、特に気をつけてきたんだ。 でも。 「口を開けろ!!」 真っ直ぐに海老沢を睨みつけ、初めて、意識してその力を使った。強制的にSubを服従させることのできる、生まれ持ったDomの能力。 それに晒されてドロップした海老沢になんか、絶対に使いたくなかったのに。 海老沢は身体全体でビクリと跳ねて、怯えた表情で大きく口を開けた。 その赤い舌の上には、唾液でだいぶ薄れてはいたが、明らかに白濁した液体が乗っていて。 男の精の強い臭気が、ツンと匂った。 怒りで、視界が紅くなった。 理性が吹き飛んだ。 ゴッと低い音がして、部屋の白い壁が、指の形に凹んだ。壁に打ち付けられたオレの拳のすぐ横で、口を開けたままの海老沢が、ぶるぶる震えている。止まっていた涙が溢れてみるみる下まぶたに溜まり、頬を伝って落ちた。 チクショウ…… ッ! ティッシュを取って、抵抗する海老沢の口に無理やり突っ込んだ。舌からこそげとるように、拭き取ってやるしかなかった。 あいつの精液がついたティッシュを、ゴミ箱に投げ捨てる。それに触っていた自分の手が痒くなるほどに、激しい嫌悪を感じた。 「出したり、飲み込んだりするなって…… 」 連れてきて初めて、海老沢が声を出した。 口腔に残る違和感のせいだろう。変な形に口を開けたまま、言いつけに背いたことに怯えて震えている。 あの男は、「命令」したんだ。海老沢を精神的に支配した状態で。そしてそのまま放置した。褒めてやることも解放することもなく、ドロップした海老沢を置き去りにした。 1時間以上も口に入れさせたまま! もしもここにあいつがいたら、絶対死ぬまで殴ってる…… あいつの代わりに、褒めてやるべきなんだ。 ちゃんと命令に従っていたことを。 いい子だね、よくできたね、そうDomに褒められることで、Subは満たされる。 そうやって承認欲求を満たしてやることで、海老沢の心を癒してやることができる。 それはわかってるけど…… っ オレは収まらない怒りのぶつけどころがなく、身体が焼け焦げるような凶暴性と闘っていて。 とても、海老沢を褒めてやるなんてことが、できる状態じゃなかった。

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