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38.
海老沢を階下に連れて行って、口をゆすがせた。
風呂場に繋がるドアを閉めようとしたら、下に敷いたマットに引っかかって、うまく閉まらない。そんなのはしょっちゅうあることなのに、どうにもイラついて、オレは思わず壁を蹴りつけた。
「ひ…… っ!」
海老沢は身体を硬くして、怯えた目でオレを見上げた。
オレがイライラしてたら、海老沢を余計に怯えさせるだけだ。
こんなんじゃ、ダメだ……
ケアしてやらないと、海老沢の心はちゃんと帰って来られない。
少しは冷静さを取り戻したオレは、ガキ丸出しの自分の態度を反省した。
安心させようと手を伸ばす。髪に触れる寸前、海老沢が首を縮めてオレの手を振り払った。
なんだよ…… おまえ頭撫でられんの、好きじゃん……
なんでそんな、警戒してんだよ……
ショックを感じてじっと見たら、海老沢の耳の一部が鬱血しているのに気づいた。少し腫れて、紫色になっている。
「これ、……どうした?」
指先でそっと触れると、痛むのか海老沢が顔をしかめた。不安そうに瞳を揺らしながら、カタカタと歯を鳴らしている。
何をされるのかと、ただ怯えていた。
「海老沢…… オレがわかる…… ?」
泣きそうにつらくて、思わず訊いた。
オレはおまえを傷つけるようなこと、しないよ。
……そんなこと、とても言えない。
オレが今までにしてきたことを、海老沢が嫌がっていなかったかなんて、本人にしかわからない。
こんなに怯えられると、オレもあの男と同じ種類 だと言われているようで、心が折れそうだった。
海老沢が小さく、首を横に振った。
「ごめん、俺…… ちょっと、混乱…… してて…… 」
その言葉に、耳鳴りがした。
オレだって、ドロップしたSubのケアなんて、初めてなんだ。しかも、自分がSubだって自覚のないまま服従させられたSubになんか、会ったこともない。
こんなひどい症状が出るのか……
オレは海老沢に、忘れられたのか…… ?
「オレがそばにいると …… 怖い、よな…… 」
そりゃあそうだ。
誰かもわからないイラついたDomにいきなり知らない家に連れ込まれたら、怯えるに決まってる。
ふらついたのか、自分で下がったのかわらかない。
オレは後ろ向きに、洗面所を出ようとした。
そしたら海老沢が、腕を伸ばしてオレのネクタイの端を、そっと掴んだ。
「本郷…… 」
驚いてその顔を見たら、二つの目にはちゃんとオレが映ってた。
「俺、なんか混乱してる、から…… ごめん、振り払ったりとか、ホントは、そんなつもり、なくて…… でも、ごめんだけど、でも…… 」
本当に、混乱しているんだ。そんなこと、見ればわかる。
触られることを、身体に染みついた恐怖が拒否する。それはきっと、本人にはどうしようもないことで。
でも、海老沢に忘れられたわけじゃないってことだけで、オレは涙が出るほどホッとしたんだ。
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