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42.告白

「…… っくしゅん!」 海老沢のくしゃみが、昼休みの教室に響いた。 ずずっと鼻をすする音に、 「おまえ汚ねえなぁ、ちゃんとかめよ」 柳瀬がそう言いながら、ケタケタ笑う。俺がポケットからティッシュを出して海老沢に渡すと、「おかんか」「おかんだな」加古と秋山がニヤニヤ笑いでからかった。 あの日、濡れた身体で風呂場に長居したオレたちは、揃って風邪をひいた。去年のクリスマス以来、久しぶりに泊まっていった海老沢は、夜中に熱を出して。セミダブルのベッドでその熱い身体をずっと抱きしめていたオレに、それが伝染らないはずもなく。 オレたちはそれぞれ、週末を寝込んで過ごした。 基礎体力の違いか、オレは月曜までにはほとんど回復したけど、海老沢が復帰したのは水曜からだった。 海老沢に起きたことを、柳瀬たちに詳しく教えてはいない。ただ、あれはヤバい合コンだったこと、海老沢は傷ついているけど、いつもどおり接してほしいということは、本人がいないうちに話しておいた。 「俺がSubだってこと、おまえら知ってたの?」 海老沢がそう切り出ししたとき、その場は凍りついた。何気なさを装った海老沢だけど、緊張してることがバレバレで。柳瀬と加古が気まずそうにオレに送った目線が、答えになってしまったようなもんだった。 「知ってたよ。俺と本郷はDomだ。Subは見るだけでわかる。だからと言って別に何も変わらないだろ。宇宙人でもないんだし。」 秋山が、食べ終わったデカい弁当に蓋をしながら言った。 オレは何も言えなかった。 海老沢は「ふぅん」と言っただけで、考え込むように俯いた。 ここで海老沢がくしゃみをしなかったら、気まずい雰囲気のままチャイムを待つことになったと思う。 たぶん海老沢は、休んでいる間にいろいろ考えたんだろう。ダイナミクスのことを、ネットで調べたりもしたらしい。 そして、自分がSubであることに、少しずつ向き合うようになった。 2人でいても、みんなでいても、海老沢が黙って何かを考えていることが多くなった。オレもみんなも、そういうときには特に気にならないふりをして、じっと待った。 海老沢が自分の中で何らかの答えを出して、いつか前みたいに笑って過ごせるようになるのを、じっと待った。 「なんか、命令してみてくれる?」 放課後に寄った駅前のマックで、突然そう言ってきた海老沢に、オレはビックリした。 ポテトをつまみながら、もうすぐ期末だなぁなんて話をしていて、ふっと黙ってまた何か考えてるなと思ったら。 「命令してみて」? 「なに…… 急に。」 「なんでもいいから、なんか、俺が嫌がりそうなこと、命令してみてよ。」 「だから、なんで、そんな急に。」 「どんだけ逆らえないのか、試してみたいんだよ。」 海老沢は俯き加減に、小さな声でそう言った。

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