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「ポテト、食えよ。」
「…… そういうのじゃなくて。」
「じゃあ、もう食うなよ。炭水化物は太るだけだぜ。」
「だからそうじゃなくて!ちゃんと、その気になって命令しろって言ってんだよ!」
小さなテーブルの向かいに座った海老沢が、声を荒げる。近くの席の客が、何ごとかと視線を投げてきた。
「嫌だよ。」
海老沢が自分のダイナミクスと向き合うために協力できることは、できるだけしたいと思ってる。でも、オレにだってやりたくないことはある。
いくら本人が望んだことでも、海老沢がショックを受けると分かっていることを、わざわざしたくはない。「どんだけ逆らえないのか」なんて、もうわかってるはずだ。
「じゃあさ…… あれでいいよ。Kneel 、だっけ?」
「嫌だっつってんだろ…… しかも、こんなとこで。」
まだ海老沢が自分のダイナミクスを知らない頃、DomとSubの関係で一番嫌悪を示していたのがニールだった。公共の場所で、人前で、Domの足元に跪くSub。それをおかしいと言っていた本人に、そんな真似させたくない。
「こんなとこじゃなきゃ、いいのかよ。」
海老沢は残ったポテトをまとめて口に放り込むと、スプライトを飲みながら立ち上がった。
「場所変えようぜ。」
店を出ると、海老沢は駅とは違う方向に歩き出した。どこに向かっているのかなんて、聞かなくてもわかる。
先月まで、週2くらいの頻度で一緒に歩いた道。
海老沢が向かっているのは、オレの家だ。
うちは学校から2駅のとこにあるけど、歩いても1時間かからない。逆方向に家があって定期券のない海老沢がうちに来るときは、よっぽど急いでるとき以外はしゃべりながらちんたら歩いた。
今日はお互いに無言。もうすぐ着くってところで、海老沢が振り向いた。
「おまえさ…… なんで最近、俺と目も合わせねぇの?」
核心を突くような質問に、思わず足が止まる。海老沢も歩を止めて、オレをじっと見た。
「別に…… そんなつもり、ないけど…… 」
「ふぅん?」
全く信用してない声で、海老沢が相槌をうつ。
「じゃあさ、なんであれから、俺のこと家に呼ばないわけ?」
あの件以来1ヶ月近く、オレたちは外でしか会ってなかった。
もともと、海老沢がうちに来てたのだって、いつもオレが誘ってたからだ。海老沢の方から来たいと言ったことなんかない。
言葉に詰まったオレの目の前で、海老沢が俯いた。
「おまえもう…… 俺に飽きた?他のDom に堕とされたりしたから、もう要らねぇの?」
「はぁ…… っ?!何言って…… 」
海老沢がそんな風に思ってるなんて、考えたこともなかった。
道端に立ち止まるオレらを追い越しながら、自転車のおっさんが舌打ちした。
こんなとこでする話でもないな……
オレはそう思って、とりあえずうちに入ろうと言って歩きだした。
ちゃんと話を、しなきゃいけない。
その気持ちの重さがオレの足を重くしたけど、自宅はもうすぐそこで。
「リビングで…… 話そうか」
玄関でそう提案したオレに冷ややかな視線を投げた海老沢は、黙って階段を上りいつものオレの部屋に向かった。
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