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44.
部屋に入ると、海老沢は何も言わずにベッドの端に腰を下ろした。
海老沢がこの部屋に来るのは、例の合コンの夜以来だ。
真顔で見上げてくるその視線から目を逸らして、オレは勉強机の椅子に座る。隣に座らないオレに、海老沢は小さくため息をついた。
オレが海老沢の目を見れないのには理由がある。
怖かった。
ただ、それだけだけど。
Subを支配することのできる「命令」。そして、言葉を発しなくても、Domに強く睨まれるだけで、Subは動けなくなる。蛇に睨まれたカエル。ちょうど、そんな感じに。グレアと呼ばれる威圧的な視線は、Domだけが持つ特徴だ。
でも実際のところ、オレがそのつもりで言葉や視線を投げていないときでも、その効力が発揮されていないとは限らない。
何気なく言ったこと。可愛いなと思ってじっと見ただけで。海老沢を支配してしまうことがあるのかもしれないと、気付いたんだ。
そして、「あれがそうだったんじゃないか」って思い当たる節が、確かにオレにはあって。
罪の意識に、押しつぶされそうになっていた。
「謝んなきゃなんないことが、あるんだ…… 」
そう切り出すだけで、ずいぶん勇気がいった。海老沢はたぶん怒るだろう。今度こそ本当に、離れていってしまうかもしれない。
それでも、これ以上秘密にしておくべきじゃない。
これ以上海老沢を、騙していることなんかできない。
海老沢は半袖から出た肘を膝につけて、不安そうにオレを見上げた。
「去年のクリスマス、さ…… 」
その言葉だけで、甘くて苦い思い出が胸に蘇る。
去年の聖夜はたまたま土日と重なって、休暇で一時帰国した父親と母親は、温泉宿に旅行に行っていた。
海老沢はオレにケツの穴まで触られてイッたくせに、「彼女ほしーー クリスマス虚しーー 」なんて嘆いてたから、オレは海老沢が観たがってた海外ドラマのシリーズを夜通し見ようぜって誘ったんだ。
チキンやケーキを買い込んだオレらは、普段飲まないワインまであけて。でもそれはオレにとっては、計画的犯行だった。
酒に弱い海老沢はすぐに酔っ払って舌が回らなくなり、キスしても嫌がらなかった。
酔った海老沢にもっと飲ませて、もちろんオレも一緒に飲んでたから自分も酔ってたけど、作戦を遂行するアタマは我ながら気持ち悪いほど冷静で。
酔い潰れた海老沢をベッドに寝かせて、オレが引き出しから取り出したのは、ゴムとローションのボトルだった。
途中で目を覚ましたらどうしよう…… そんな不安と焦りもあったけど。
あんなことまでした仲だから、大丈夫。きっと許してくれる。そんでちゃんと、オレのこと、意識してくれるはず。
アルコールの力で拍車がかかったオレの頭は、バカみたいに楽観的で。
合意も、セーフワードの確認もなく。
ローションで擦っても酔ってろくに勃ちもしない海老沢に、無理やり自分のを挿れたんだ。
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