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直接的な言い方に、ドキッとする。
別に、しないとは思ってなかったし、むしろ今日は覚悟してきたし。
ちゃんと…… すげえ恥ずかしいけどちゃんと、準備もしてきたんだから。
俺は本郷の手からコンドームの箱を奪って、部屋の隅に投げた。びっくりした目で放物線を追った本郷が、何のつもりだと無言で聞いてくる。
「俺、おまえのSubになったんだろ?」
付けてもらった首輪に触りながら、まっすぐに見上げた。
「だったらさ、もうびびってないで、おまえのしたいようにしろよ。普通にエッチするだけじゃ、おまえが満足できないことくらいわかってる。俺だって男なんだから、パートナーにはちゃんと、最高に気持ちよくなってほしいんだよ。」
「海老沢…… 」
「俺、変なことでも、できるだけ我慢するし…… さすがに無理だってことは、ちゃんと言うようにする。うまく言えなくてまた堕ちたりしても、おまえが引き上げてくれるって信じてるから。首輪 って、そういう意味なんだろ?」
首輪の革紐を、親指で押し上げるようにして見せた。
Subはパートナーを信頼して、自分を預ける。預けられたDomは、相手の反応を見ながら、二人が満足できる行為 を探り導いていく。
二人だけの約束。
二人だけの、甘い愉悦。
「だから今日は、あれも要らないから。」
ドアの近くに転がるゴムの箱を横目で示してから、見上げた。その意味を理解した本郷の目が、ちょっと妖しく細まる。
チェシャ猫の目だ。久しぶりに見た。
「生でしたいって、こと?」
「したいとかじゃなくて、それが、正式…… なんだろ?パートナーになるんなら。」
ちゃんと勉強したんだ。
DomとSubが正式に契約する場合、儀式はふたつある。
1つが、首輪を贈ること。
そしてもう1つは、Subの体内にDomの体液を受け入れること。
ヨーロッパでは契約書とか作って2人でサインするところもあるみたいだけど、そんな習慣、日本にはない。
エッチなら何回もしたけど、本郷はいつでも、ちゃんとゴムを着ける。買い忘れたからって挿れなかった日もあって、あんまりきちっとしてるから、別に妊娠するわけでもねぇのにって、不思議に思ってた。
やっぱ汚いと思ってんのかな?
もしかして病気とか心配してんのか?
密かに悩んだりもしたけど。
特別な意味があったんだって気づいたのは、最近のことだ。
「中出し、されたいんだ?」
「だから!されたい、とかじゃなくて…… パートナーになんなら…… ちゃんと、と思っただけで…… 」
「ふぅん?じゃあさ、なんでこんなのまで買ってきたんだよ?」
本郷の手にはいつの間にか、さっき俺がコンビニでカゴに入れたゼリー飲料が握られていた。
ちょっと普通じゃないエッチでも、おまえがしたいんなら、していいよ。そういうメッセージのつもりで買ったんだけど……
「海老沢、ウィダニー気に入っちゃったんだ?またしてほしいって言えばよかったのに。尿道寂しかったの、気づかなくてゴメンな?」
優しい笑顔で下衆なセリフを囁いた本郷は一度ベッドを下りて、クローゼットから水色の何かを引っ張り出してきた。
春に買った、あのレジャーシート。
芝生の公園でするみたいに、バサバサと音を立ててそれを広げ、俺をどかして手際よくベッドに敷く本郷は、すごく楽しそうで。
「じゃ、今日は前よりいっぱい、入れてみような?」
スイッチの入った本郷に、俺はもしかして何かはやまったんじゃないかと、一抹の不安を感じていた。
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