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第5話

 入り口側は大きなガラスに覆われた、広くて天井も高く、自然光を取り入れただけで十分に明るい、まるで高級ホテルのような空間のバスムームで、皐月は長い浴槽の端に小さく丸くなって座った。  湯船にはどこの乙女アイテムなんだ、と聞きたくなるようなバラの花びらがゆらゆらと泳ぎ、花の爽やかさと、果実のように甘く良い香りがバスルーム中に広がっている。 『君好みかと思ってね』と、詠月に笑って言われた。あれには多分、揶揄いも含んでいたのだろう。   「──もうすぐ……漫画……、ネーム……締め切りだ……」    仕事が疎かになりかけてる。こんなのは社会人としてダメだと皐月はずるずると背中を落として頭の先まで湯船に潜る。  顔だけ水面に出し、高い天井を仰いだ。 「……思ってたのと、違う……。なんで……? 好きになるってこんな……さみしい、の……?」  言葉にすると余計悲しくて虚しさが込み上げてくる。目から溢れた雫が水面に落ちて出来た小さな王冠から波紋が広がる。 「皐月くん」  ドアの外から突然詠月の声がして、驚いた皐月は慌てて起き上がり、バシャリと湯を鳴らした。  返事もしていないのに勝手にドアが開いた。 「……なに?」 「僕も入ろうかなって」 「あ、じゃあ、俺出る」  立ち上がりかけた皐月の頭に軽く手を置いて、詠月はため息をついた。 「何言ってんの、野暮な人だな。それでも少女漫画家?」    くっついて入らなくても全く余裕のある浴槽なのに、詠月はわざと背中から皐月に引っ付いて、その細い肩に頭を乗せた。不意に小さく詠月が笑う。 「……なに」と不服そうな声が皐月から出た。 「ううん。なんていうか……嗚呼、あれだ。威嚇してる仔猫みたいだなあってっ……おっと!」  腹を立てたのか、皐月はサッと体を引いた。 「怒ったの? 可愛いなって思ったんだって」 「…………」  皐月はツンとそっぽを向いて、調子の良いセリフをかわす。  そうするとまた、詠月はフッと吐き出す。 「なんだよっ!」 「も、本当……ッ、君ってば……犯罪並みに天然だなぁっ、ははっ」  こっちは真剣に怒っているのに、なんなんだと、皐月は頬を膨らませた。詠月はそんなことは全く気にも留めずに笑いながら皐月を再び引き寄せて腕の中に包んだ。  ズルイ──。  腹が立つのに抱きしめられるだけで皐月の胸はすぐに熱くなり、簡単に踊り出す。至極単純だ。  皐月はとうとう我慢できずに、その中でポロポロと涙を零して静かに泣き出した。

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