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第8話
「──なに?」
「俺の、俺を産んだ人は……突然、名前も知らないαに噛まれて……俺を産んだんだ……」
瑠璃は思わず息を止めた。そのあまりの恐怖はΩにしかわからないだろう。
「好きな相手はβで……番になれなかった……。ただ傍にいられるならそれで良いって……。でも施設を出て、すぐの発情期に襲われた……。名前も知らないαの男に──俺は……そんな男の血を引く子供なんだ……」
恐ろしくて皐月は今の今まで、誰にも話してこなかった。
祖父や祖母からも口止めされていたし、本当は10歳になるまでその事実を知りさえしなかった。
父が──、育ての父であるβが……
そのαを殺したのだ──。
母を苦しめ続けるその運命から、ただ母を助けたいがために──。
ただ、そのためだけに──。
「アンタの……お父……さんは?」
「わからない……誰も教えてくれない……。けど、刑務所だと思う……αは希少種だから……父のした行為は重犯罪に当たるだろうし……。もう、死刑になったのかも……しれない……」
最後に恐ろしい単語を自ら口にし、皐月はきつく唇を噛んだ。
「……アンタ……のお母さん……。アンタが11歳の時に病気で亡くなったって……言ってたよね。あれ、本当は……」
「──うん……」
皐月は青白い顔のまま静かに俯き、幼い頃に見た、部屋の中で既に冷たくなった母の体を思い出していた──。
瑠璃はショックで全身の力が抜けたのか、白い顔のまま、ソファに倒れるよう凭れかかる。
細い指先で額を抑え、ゆっくりと視線を皐月へ合わせた。
「……ねぇ、皐月……。それでもあたしはアンタに言うのを辞めない……。心が疲れて死んでしまう前に、早く楽になれる道を行きなさい。アンタは他のΩより早く楽になって、安らいで欲しいって余計に思う。あたしの言ってることってアンタを傷付けるだけなのかな……」
皐月は黙ったまま目を瞑り、首を何度も横に振るだけで、きつく噛み締めた唇を開けることはなかった。
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