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第9話

 母は、父との馴れ初めをいつも幸せそうに語ってくれた──。  だけど、月に一度必ず、母は決まって何日も家を空けた。当時、子供の俺にはそれが発情期だったとは、わかっていなかった。  ただ、その日が近付くと母はどんどん憂鬱になっていって、それは父も同じだった。 ──1週間すると、母はふらりと帰って来る。  俺が大喜びで「おかえりなさい」と飛びつくと、母は堰を切ったようにいつも泣き出して、俺を抱きしめてくれた。 「皐月に会えて嬉しくて泣いてるんだよ」と笑ってくれた、けど──あれはきっと、  辛くて泣いていたんだ……。  心では父を愛し、本能では無理矢理繋がられた鎖に従い、憎いαの男に体を開いていた……。 ──それが、母にはどんなに地獄だったろうか……。 『──あと二日待ちますけど、大丈夫ですか? なんて言うか……今回のネーム、先生らしくないですよ。全体的に暗いって言うか……いつもはもっと前向きで、キラキラしてましたよ?』  電話口で編集担当は、言葉を選びに選びながら唸るように吐露する。 「……キラキラ……」  口にしてみても、その言葉は今の皐月に全く馴染まなかった。    ベッドの上でぼんやり仰向けになり、何度も天井の木目を数えてみる。ネームの案が全く浮かばないときに皐月がよくやる癖だ。  枕の横に投げた携帯が再び鳴った。画面も確認せず皐月は応答をフリックし、耳に当てる。 『──もしもし?』  その声に曇りがかっていた頭が一気に醒め、無意識に緊張したのか、自然と肩が竦んだ。 「……詠月……さん」  嗚呼、やだな。名前を口をするのも胸が痛いと、皐月は瞳を潤ます。 『まだ、仕事中だった?』 「……うん」 『ごめんね、邪魔したかな?』 「ううん、平気……。どうしたの……? もう、バイバイ、する、の……?」 ──恥ずかしい。  不安過ぎて、心細くて、小さな子供みたいな口調になる。22歳の……男なのに、と皐月は目を強く瞑る。

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