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第23話

 泣き疲れて眠ってしまったらしく、薄暗い部屋の中で皐月はぼんやりと眼を覚ます。  何か音がする──。  何度も何度もしつこくそれは鳴っていて、それがインターフォンだと気付くのに数秒掛かった。  寝惚けた頭で起き上がり、ヨロヨロとインターフォンのスイッチを押すと、頭はすぐに冴えて、思わず呼吸すらも止まった。  カメラが映して寄越したのは、かつて一度も見たこともない激昂した顔の詠月だった。 「こ、こわいっ……。な、なに??」  αが怒るとこんなにも迫力があるのかと、慄きの余りマイクを押そうとする指が躊躇し、震える。  画面の中で詠月が携帯を掛けると、部屋の中の携帯が鳴り響いて「ヒッ!」と皐月は肩を揺らした。 「なにこれ、ホラー映画??」  額に嫌な汗を感じながら皐月は覚悟を決めてインターフォンのマイクを押す。 「は、はい……」と出した声は予想以上に震えた。 「来たぞ!! 攫いに!! 開けろ!!」  壁に両肘をついて詠月はマイクに近付き、怒鳴りつける。 「そんな騒いだら警察呼ばれるよ……っ、そこっ、エントランスなんだから、声すごい響くからね」 「余計な心配するなら今すぐ開けろ!!」  ドン! と右肘で荒々しく壁を叩く音がスピーカーからも響く。  こんな詠月を皐月は見たことがなかった。  いつもは余裕たっぷりに、涼しげに笑みすら浮かべて冷静で理論的。感情論なんて聞いた試しがない。  だが、今目の前にいる詠月は、ネクタイを緩め、シャツのボタンが幾つも開かれたせいで胸は大きくはだけ、走って来たのか髪は乱れ、汗を掻いている額に髪が張り付いている。    こんなの皐月が知る詠月じゃない。  どちら様ですか? と、再度伺いたい気分だが、そんな空気も猶予も今の皐月にはなかった。 「か、帰って! もう、会いません!」  皐月が必死に絞り出した声は思わず裏返るが、次に詠月が寄越した返事に今度は一気に頭に血が上った。 「認めない!」 「は、はぁ?! ナニサマなんだよっ、絵に描いたようなαだよね! 横暴で、Ωのことなら何でも思い通りになるって思って……」 「思ってるよ! 皐月はのものだ!! 他のαだって?! 冗談じゃないね! 君みたいなロマンチストの天然Ω相手に誰が番になってくれるって言うんだ!」 「はあ?! それが本音なんだ! サイッテー! 最低男!! 呼び捨てにすんなっ、そんな仲じゃありません!!」 「へえ?! 君の言う仲ってどんなのなの?! これだけセックスしておいて俺のことは遊びだったの? 最低なのは君の方じゃないのか!」  皐月は頭の血が沸点に到達し、感情任せで乱暴にインターフォンを切った。しつこくまた鳴っても今度は無視した。  すぐに鳴った携帯の着信音も同じく無視した。  インターフォンに背を向け、腕を組み肩を尖らせる。 「あんな人だったなんて、俺ってば夢見過ぎだった! はー、良かった、正体がわかって。ホンットせいせいした!」  自分の肩をさすりながら皐月は天井を仰ぐ。 ──皐月は俺のものだ!!  詠月の言葉が頭を何度もフラッシュバックする。 「攫いに……来た……って、馬鹿じゃないの……」  堪えた雫は頰を伝ってポトリと静かに胸へ落ちた。

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