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第24話

「クソッ!」  詠月の綺麗な顔からは想像も出来ないような下品な単語が口から漏れる。  腕を組みながら動物園の熊のようにグルグルとエントランスの中を歩く。  恋がしたい言うから、呑気に付き合って待ってやったのに、酷い仕打ちだ。と詠月は偉そうに頭の中で不満を一気に漏らす。 「──どうしよう……もう、手遅れなのかな……」  急に心細くなって、詠月はピタリと歩くのをやめた。俯いた碧色の瞳は動揺で揺れている。  バン! とエントランスのオートロックのドアガラスを叩く音に「ヒッ」と情けない声が出て詠月は音の方を向いた。  開かれたドアから泣き崩れた皐月が駆けてきた。  名前を呼ぶタイミングを逃した瞬間に、皐月の体はもう詠月の胸の前にあって、力一杯抱き締められた。 「ま、間に合った……?」  ヨロヨロとした声を漏らしながら詠月はゆっくりとその体を抱き締め返した。 「馬鹿ぁ……、大嫌いだー」 「僕は好きだよ」  その言葉に皐月は涙で濡れた顔をあげて、詠月の眼をジッと睨むように見つめた。 「──俺……も、好き……大好きぃ」  釣り上げていた眉が下がると、今度は幼い子供のように甘えて愚図り出す。 「──好きだよ、皐月。君のロマンチストなところも、天然なところも、馬鹿がつくほど純粋なところも、素直なところも、本当はエッチなところも、全部好きだ」 「全然褒め言葉じゃない〜」詠月の腕の中で皐月は顔を振り、力無い手で胸を叩く。 「全部褒め言葉だよ。俺にとって全部皐月の良いところだよ、大好きなところだよ」 「キ、キスして……」 「──良いけど……管理人さんが見てる……よ」  一体何事なんだと言う怪訝な顔をした管理人と詠月は、皐月の頭越しにバッチリと目が合っている。 「してよー!」  駄々っ子のように体を揺すって皐月はねだる。  はいはい、と詠月は完敗する。  短く何度も唇を重ねて、少しずつ唇を開いてゆっくり深く口付けた。  犬すら逃げる痴話喧嘩かと、呆れた管理人はいつの間にか姿を消していた。  しばらく、二人はロマンチックな仲直りをエントランスで味わった。

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