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第5話
「千榛、帰るぞ」
「はい」
定時の5時には崚さんが迎えに来てくれていて、仕事を終えた俺は支度を整えて崚さんと一緒に帰路についた。
駐車場までエレベーターで降りてから崚さんの車に乗って、鞄を抱える。
「飯、何がいい?」
「崚さんの料理は全部美味いからなんでもいいです」
「もう崚で良い…………」
「まだ外です、ん………ぅ」
もう気付いている人がほとんどだと思うけど、会社公認の婚約者というのは、この男、比奈田崚のことだ。
帰りながら通行人の目なんか気にせず、軽いキスをして揶揄うようにリップ音なんか響かせて崚は笑った。
「おし、秒速で家に帰るぞ」
「………安全運転でお願いします」
崚との出会いは会社の中で、入社して右も左も分からないような時期の俺を偶然見かけたらしくて崚の一目惚れからだった。
一方その頃の俺は会社の重役なんて会ったことなかったから崚が偉い人、とは思っても見なかった。
あの頃のことを思い出すと懐かしく、そしてくすぐったくなるような気持ちになる。
「崚さん、変わりましたね」
「………まぁ、お前と散々喧嘩したからな」
「俺は喧嘩した覚えないですけど」
崚の住んでる家はマンションでそれなりに良い所だ。警備面が安心で結構広いし、高いから景色も良くて羨ましい限り。
週末とか連休に泊まるぐらいの俺にも、部屋を分けてくれるぐらいには広い。
でもその分けてくれた部屋はあんまり使ってないし物もないから殺風景で、きっと崚が使った方が有効的に使えると思う。
「ほら、降りるぞ」
いつの間にか、目的地に到着していた車。
崚に声をかけられて、はっとした。
「なに、見惚れてた?」
「……そもそも見てないです」
悪そうに笑う崚の顔はもう見慣れたもので、崚はよくこの顔で笑う。
それを一蹴するように車から降りた。
エレベーターのボタンを押して、程なくすればエレベーターはやってきて俺と崚を乗せて設定階まで運んでくれる。
「今日呼んだの、本当は昼飯誘おうと思ったんだけど………昼はちゃんと食べたか?」
「外で入野と食べてきました、すぐに行けなくてすみません」
そう言ったところでポーンと鳴ってエレベーターが到着したことを知らせてくれた。
玄関に入れば、一気に崚の家の香りがしてそれと同時に後ろから抱きしめられた。
「やっぱ飯後でもいい?」
「ん、……いいよ」
崚は多分、あんまり余裕がない。
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