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第10話
*
「………この前は悪かった」
「忙しい、出直してこい」
あの日からこうやって崚がちょくちょく顔を出しては謝って帰っていく。
そして俺も同じ言葉を繰り返す。
*
「ごめん、ちゃんと話がしたい。いつなら空いてる?」
「...予定埋まってるから無理」
罪悪感は特にない。
これは仕方の無いことで、こうしなければいけないことだからだ。
*
「お疲れ、残業か?」
「……忙しいって言っただろ」
「これ、良かったら食べてくれ」
これ、ガナッシュケーキだ…………。
箱の隙間から見えるそれに心が揺らぐ。
最近甘いものあんまり食べれてないからすごく嬉しい。
崚から箱を受け取り、最低限のお礼を言って自分のデスクに戻ってガナッシュケーキを食べた。
チョコがほろ苦くて美味しい。
苦笑いをしていた崚の悲しそうな苦しそうなそんな顔が俺の頭の中のスクリーンに何回も、何十回も映し出されていた。
***
「お疲れ、今日は早いんだな」
「…………もういいよ、お金だってかかるし大体あんたが損してるだろ」
渡されたいつもの箱を持って、崚のネクタイが結んである首元をぼんやりと見る。
嫌な言い方しか出来ない自分に腹が立つ。
そんな風に言ったら、崚はもう会いに来てくれなくなるのに。
初めにガナッシュケーキを渡された日から、崚は一週間ごと週末に洋菓子を持ってくるようになった。
どこで知ったか知らないが、俺の好物であることに変わりはなくそれを受け取ってしまう。
「俺と話をしてほしい」
「…………」
俺が小さく頷いたのを崚は見逃さなかった。
崚が俺を連れてきたのは崚の家だった。
一人暮らしをしているようで、そこに多人数の生活感は感じられなかった。
「座ってて」
「…ん」
そう言われてリビングに置いてあるソファーの隅に座った。
スーツが少し窮屈だが脱ぐ訳にはいかないので仕方ない。
「どうぞ」
「...ありがとう」
目の前に出されたグラスに入ったいちごオレを受け取り、それを机に置いた。
なぜいちごオレを渡されたのかチョイスが謎だったけど気にするのは止めた。
「この前は悪かった…俺焦って、おま……千榛のこと気分悪くした」
「…………うん」
「千榛のことが好きだ。千榛と結婚したい」
……………け、っこん。
今、そう言ったか?俺の聞き間違いではなく?
「千榛は俺の事どう思ってる?」
「………え」
崚のことをどう思ってる?
最初は大っ嫌いなタイプに完全に当てはまっていて、でも一緒にいるうちに楽しいと思うようになった。
だけど、だけど崚は駄目。
俺とは絶対に上手くいかないし疲れるだけ。
お互い嫌になって結局悲しくなる。
「隠さないで……千榛の口から、千榛の言葉で聞きたい」
「…俺……………」
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