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Page26:知らない話
座って靴紐を結んでいるシュンくんの背中。
「…行っちゃうの。」
俺を見なくて、おもしろくない。
「ん?」
「大学。」
「え?うん、今日は一限からだからね。」
「ふーん……。」
「…ナオくん?」
壁に背をつけながら、少し伸びた爪を弄っている俺を、不思議そうにシュンくんが見つめてくる。
その視線が嬉しいような、切ないような…なんとも複雑な感情が渦巻いた。
「……いつ帰ってくるの。」
「んー、終わったらすぐ帰ってくるよ。それまでいい子で待っててね。」
「…やなこった。」
「えー?急に不機嫌?どうしたの…。」
「別にっ!早く行けば…っいて!」
「こら。あんたって子は…、ちゃんと"いってらっしゃい"も言えないの?」
「うっ…母さん…。」
突然、頭をぺしんと叩かれ、それが地味に痛くて叩かれた場所を抑える。横を見ると、洗い物を終えた母さんが呆れた顔して立っていた。
「ごめんね、シュンくん。この子、素直じゃないから…。」
「いえ、全然大丈夫ですよ。」
「ナオ、早くお見送りしなさい。シュンくん、遅刻しちゃうでしょ?」
母さんにため息混じりにそう言われ、二人の視線に"言葉"を急かされる。
「………いってらっしゃい。」
俺はそれだけ言うと、すぐに二階に上がっていった。
「もう、ナオったら。…ごめんね?」
「そんな謝らないでください。…でもさっきのナオくんは、いつもと違う様子でしたけど…。」
「…あの子、嬉しいのよ。」
「え?」
「シュンくんがいてくれることが。」
「………。」
「うふふ、途中まで一緒に行っていいかしら?」
「…はい。」
仕事のため、階段下から「行ってくるわね」と母さんが俺に声をかける。返事がないのも気にせず、シュンくんと家を出て行った。
「…あの、」
「ナオはね、高校生の時、ちゃんと大学とかも考えていたのよ。就職の時有利になるし、お父さんがいない分、自分が私を支えるって考えてたから…。」
「………。」
「ナオって、話してみると明るい子でしょう?多くはないけれど、親しかった友人とかもいたのよ、家によく連れて来てたわ。…まぁ、何があったかは私も詳しく知らないんだけどね…、パッタリ、引きこもりになっちゃった…ふふっ!」
「…?なんで笑うんですか…?」
「さっきのこと、思い出しちゃって。」
「さっき…?」
「あの子、照れ屋で甘えん坊だから、シュンくんがいなくなることが"寂しい"って思ったのよ。」
「…え?」
「ずっと部屋に一人。"寂しい"って感情に慣れるっていうか、気が付かったのね。それが当たり前だったから。けど、今はシュンくんと二人。」
「………。」
「会って間もないけど、知らない内に少しずつ心を開いてるんじゃないかしら。」
「…そうだと、嬉しいです…。」
「ナオをよろしくね?」
「はい。…っと、すみません、忘れ物したみたいなので、一旦帰ります…!」
「…そう、気を付けてね。」
…なんて、二人が話していた時。
「…なにしてんだ、俺…。シュンくんに対して、あんな子供みたいな真似……。」
俺は部屋で一人、先ほどの自分の行動を悔いていた。
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