32 / 146
Page32:きらいだ
「おかえり。」
「…っ、た、だいま…。」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だったのに、リビングからシュンくんが出てきた。
「…?ナオくん?」
「…ぁっ…、」
動揺のあまり、靴を脱いでもその場から動けずにいる俺を、不思議そうに見ながら近付いてくるシュンくん。
まさか出迎えてくれるなんて思ってなかった俺は、泣いた後の顔だとか、火照る体だとかに気付いて欲しくなくて咄嗟に下を向いた。
「どうし…、…!」
「ひぇっ!?」
だが、逃げ場がない俺の抵抗なんて無意味に近く、察しのいいシュンくんはすぐさま俺の顔を上を向かす。
「どうしたの、この目。…泣いたの?」
「………。」
「顔も赤いし、息も荒いけど。」
「………。」
シュンくんの問いかけに何も言わず、ただギュッと唇を噛んだ。
今口を開いてしまったら、きっと縋ってしまう。けどそんなのは、俺が耐えられない事だった。
「ねえ、ナオくん。黙ってたら分かんないよ?」
「…っ、」
意地でも口を開こうとしない俺に苛立ちの表情を見せるも、シュンくんの瞳はとても冷ややかで、思わず息を飲む。
「アイツに何されたの?」
「……なんも…、されて、ない…。」
「…もういい、来て。」
「え…っ!」
本当のことなんて言えるわけもなく、口ごもる俺に痺れを切らしたシュンくんは、俺の腕を掴んで二階の部屋まで引っ張って行く。
さっき見た冷たい瞳の奥に、熱く燃えるような感情が隠れてたことは当然、気付きもしなかった。
「う…っ!」
部屋に入るなり、俺をベッドへ押し倒す。
馬乗りになって両手首を押さえ、俺を見下ろすシュンくんと目が合った。
「シュンく…、」
「はぁっ…、ナオくんってさぁ、本当に学習しないよね。」
「え……。」
俺の言葉を遮って、シュンくんが大きいため息を落とす。
「いい加減学びなよ。二回目だよね、これ。」
「………。」
「僕を無視してあいつを選んだ結果、何か一つでもいい事あった?」
「…っ、」
「ナオくんが隙だらけだからあいつも…、」
「うるさいっ!!」
俺は我慢出来ずに、シュンくんの言葉に被せて叫んだ。
知ったように、わかったように…、そんなの…。
「シュンくんには関係ないっ!」
「…関係ないってなに。」
「うるさいっ!もう離せよ!!退け!!」
俺の言葉に空気がピリついたのがわかったが、頭に血が昇った俺はジタバタ暴れる。それと同時に、俺の手首を掴んでいるシュンくんの手にグッと力が入った。
「…ナオくん。」
「お前にっ、お前に関係ない…ッ!」
「………。」
未だ冷めない体の熱の所為か、徐々に暴れる力が弱くなり、息が上がる。
「そんなこと言われる筋合いだってない…っ!」
そしてついに、感極まって涙が頬を伝った。
「ぅっ、ふぇ…っ、」
「…ナオくん…。」
「俺は…、俺はみたんだ…。シュンくんが家の前で、女の子とキスしてるの...っ!」
「………。」
ソウと見た、あの光景。今でも鮮明に覚えていて、脳裏に焼き付いて離れない。ソウにされたことよりも、そっちの方がずっと俺の心をかき乱す。
「お前なんか…、きらいだ…!」
自分の意思で発した言葉のはずなのに、ズキンと胸の奥が痛んだ。
ともだちにシェアしよう!