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Page73:守りたいもの

終わった頃には、呼吸すら面倒くさいと思うほど俺は疲れていた。 「ほら、ついたぞ。降りろ。」 ヘロヘロな俺を見て、この日初めて一条が後部座席のドアを開けてくれた。 「ゎ…っ、」 「っと、大丈夫か?」 力を入れたはずの足がガクンッと折れ、倒れそうになった体を一条が支える。 「…だいじょ、ぶ…、かえる…。」 はやく、家にかえりたい。 「薬はもう抜けてると思うから、今日はゆっくり休め。明日はいつもより少し早く…」 「ナオ?」 虚な目で一条の話を聞いていたら、横から聞き覚えのある声がして、ギクリと肩が動いた。 「…と、ナオの…父さん…?」 「…っ、」 なんでここに…、どうする、なんて言い訳すればいい…っ! 「…やぁ。奏くん、だね?」 「…っす。」 戸惑う俺を見兼ねて、一条がソウに話しかける。 昔みたいに、化けの皮を被って。 「久しぶりだなぁ、今日は懐かしい顔によく会う。さっきも偶然、奈央に会ってね。」 「…ナオ、どうかしたんですか?」 ずっと支えられている俺を見て、ソウが不審そうな顔をした。 「あっ、えっと…、」 俺は急いで一条から離れるけど、上手い理由が思い付かず言葉に詰まる。 「あぁ、少し具合が悪いみたいでね。家まで送ろうとしてたんだけど、ここから歩くって言うから降ろしてたんだ。」 そんな俺を庇うように、一条は顔色一つ変えずに淡々と嘘をつく。 例えソウでも、バレたら終わりなんだ…そう思ったら一条の嘘に乗っかる他なかった。 「…そうでしたか。なら、ここから俺がナオを送りますよ。」 「それは助かるよ、奈央をよろしくね。」 にこっと微笑んで俺をソウに託す。 「ナオ、行くぞ。」 「う、うん…。」 今度はソウに支えられ歩き出した俺は、チラリと背後にいる一条を見た。 「…っ、」 「…?ナオ、どうした?」 「あっ、いや、なんでもないよ…っ!」 後ろを見たとき、一条は俺を見ていた。 まるで「バレたら、わかってるな?」と言うような目をして…。 「…この辺でいいだろ。」 家に着く少し前、ソウが肩に回ってた俺の腕を下ろした。いつまでも寄っかかっては重いと思い、俺も足に力を入れて自力で立つ。 「あ、ありがと、迷惑かけてごめ…」 「何された?」 「えっ?」 いつもより低いソウの声にビクッと肩が上がる。 「あいつに、何されたんだよ。」 「な、何って、ただ、送ってもらって…、」 何故俺が一条に"何かされた"と思ったのか、わからない。だけどここでバレたら今までの俺の我慢が無駄になる。 「…ナオ、俺さ、中学の時薄々気付いてたんだ。」 「え…?」 何か上手い嘘を付かないと…と、疲れ切った脳をフル回転させ言い訳を探していたが、ソウな言葉に思考が止まった。 「お前や麻衣子さんが、あいつに暴力振るわれてるんじゃないかって。」 「…っ、」 まさか…、いや、そんなはずはない。だって、俺も母さんも必死で隠してきた。 確かにその頃、よくソウと遊んでいて、俺の家にも来て一緒にご飯を食べたりもしてた。一条が一緒だった時もある。 母さんと必死で笑ってそれを隠して…、それは全部家庭内の秘密だったんだ。 「見たことがあんだよ、体育の時、隠れるようにして着替えるお前の体を。」 「………。」 「その時は麻衣子さんとあいつを疑ったけど、すぐにあいつだけだってわかった。二人とも笑ってたけど、あいつがいると顔が強張るんだ。」 「そ、そんなの、気のせい…。」 「絶対気のせいなんかじゃねぇ。じゃああの時の痣はなんだったんだ?…なぁ頼む、教えてくれ…。あいつに、何されたんだよ…?」 「ソ、ウ…。」 「もう、何もできないのは嫌なんだよ…。」 ぎゅうと抱きしめられて、全身が優しい温度に包まれる。 「俺は、お前を守りたい。」 「…っ、」 縋ってしまいたい気持ちが大きく膨れ上がり、それは言葉の代わりに涙となって現れた。

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