73 / 146
Page73:守りたいもの
終わった頃には、呼吸すら面倒くさいと思うほど俺は疲れていた。
「ほら、ついたぞ。降りろ。」
ヘロヘロな俺を見て、この日初めて一条が後部座席のドアを開けてくれた。
「ゎ…っ、」
「っと、大丈夫か?」
力を入れたはずの足がガクンッと折れ、倒れそうになった体を一条が支える。
「…だいじょ、ぶ…、かえる…。」
はやく、家にかえりたい。
「薬はもう抜けてると思うから、今日はゆっくり休め。明日はいつもより少し早く…」
「ナオ?」
虚な目で一条の話を聞いていたら、横から聞き覚えのある声がして、ギクリと肩が動いた。
「…と、ナオの…父さん…?」
「…っ、」
なんでここに…、どうする、なんて言い訳すればいい…っ!
「…やぁ。奏くん、だね?」
「…っす。」
戸惑う俺を見兼ねて、一条がソウに話しかける。
昔みたいに、化けの皮を被って。
「久しぶりだなぁ、今日は懐かしい顔によく会う。さっきも偶然、奈央に会ってね。」
「…ナオ、どうかしたんですか?」
ずっと支えられている俺を見て、ソウが不審そうな顔をした。
「あっ、えっと…、」
俺は急いで一条から離れるけど、上手い理由が思い付かず言葉に詰まる。
「あぁ、少し具合が悪いみたいでね。家まで送ろうとしてたんだけど、ここから歩くって言うから降ろしてたんだ。」
そんな俺を庇うように、一条は顔色一つ変えずに淡々と嘘をつく。
例えソウでも、バレたら終わりなんだ…そう思ったら一条の嘘に乗っかる他なかった。
「…そうでしたか。なら、ここから俺がナオを送りますよ。」
「それは助かるよ、奈央をよろしくね。」
にこっと微笑んで俺をソウに託す。
「ナオ、行くぞ。」
「う、うん…。」
今度はソウに支えられ歩き出した俺は、チラリと背後にいる一条を見た。
「…っ、」
「…?ナオ、どうした?」
「あっ、いや、なんでもないよ…っ!」
後ろを見たとき、一条は俺を見ていた。
まるで「バレたら、わかってるな?」と言うような目をして…。
「…この辺でいいだろ。」
家に着く少し前、ソウが肩に回ってた俺の腕を下ろした。いつまでも寄っかかっては重いと思い、俺も足に力を入れて自力で立つ。
「あ、ありがと、迷惑かけてごめ…」
「何された?」
「えっ?」
いつもより低いソウの声にビクッと肩が上がる。
「あいつに、何されたんだよ。」
「な、何って、ただ、送ってもらって…、」
何故俺が一条に"何かされた"と思ったのか、わからない。だけどここでバレたら今までの俺の我慢が無駄になる。
「…ナオ、俺さ、中学の時薄々気付いてたんだ。」
「え…?」
何か上手い嘘を付かないと…と、疲れ切った脳をフル回転させ言い訳を探していたが、ソウな言葉に思考が止まった。
「お前や麻衣子さんが、あいつに暴力振るわれてるんじゃないかって。」
「…っ、」
まさか…、いや、そんなはずはない。だって、俺も母さんも必死で隠してきた。
確かにその頃、よくソウと遊んでいて、俺の家にも来て一緒にご飯を食べたりもしてた。一条が一緒だった時もある。
母さんと必死で笑ってそれを隠して…、それは全部家庭内の秘密だったんだ。
「見たことがあんだよ、体育の時、隠れるようにして着替えるお前の体を。」
「………。」
「その時は麻衣子さんとあいつを疑ったけど、すぐにあいつだけだってわかった。二人とも笑ってたけど、あいつがいると顔が強張るんだ。」
「そ、そんなの、気のせい…。」
「絶対気のせいなんかじゃねぇ。じゃああの時の痣はなんだったんだ?…なぁ頼む、教えてくれ…。あいつに、何されたんだよ…?」
「ソ、ウ…。」
「もう、何もできないのは嫌なんだよ…。」
ぎゅうと抱きしめられて、全身が優しい温度に包まれる。
「俺は、お前を守りたい。」
「…っ、」
縋ってしまいたい気持ちが大きく膨れ上がり、それは言葉の代わりに涙となって現れた。
ともだちにシェアしよう!