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「ごめんっ、大丈夫?」
俺はよろけた程度で済んだが、相手は尻餅をついており、急いで駆け寄って手を差し出す。
「…大丈夫だよ。」
「…っ、」
顔を上げ笑う彼に、不覚にもドキッと心臓が鳴った。
いやドキッて…、相手は男だぞ…。
「僕の前方不注意だったよ、ごめんね。」
彼は、俺の手をきゅっと握って腰を上げた。
「ありがとう。」
「あ、いえ…。」
くりっとした目で俺を見る彼。
初対面のはずなのに、その目で見られるのは初めてじゃない気がして目が離せない。
「ナオ?大丈夫か?」
「あ…、うん…。」
背後からハルの声がして我に返ると、彼は「じゃあ、またね」と言って走って行った。
その小さくなっていく背中を見つめる。
「なに、知り合い?」
「あ、いや、そうじゃないんだけど…。どっかで会ったような…。」
「気のせいじゃなくて?」
「うーん…。」
結局、考えてもわからないものはわからないので、考えるのをやめた。
「で、どうする?行く?行かない?」
この二人とは、もうプライベートを一緒に過ごす事は出来ない。
「あ、ごめん。俺、今日母さんと出かける用事あって…。」
こんな嘘も、いつか通用しなくなる。
その前に何か手を打たないと…。
****
「はい、こちら佐伯奈央くんね。ハルの友達で今日から働いてもらうことになったから、わからない所は教えてやって。」
「よ、よろしくお願いします…!」
ハルにバイトの話をされてから三日後、軽い面接を受け、無事今日から働くことになった。
ハルは用事があって一緒に入ることはできなかったけど。
確かに時給もそこそこいいし、覚えればそう難しい仕事でもなく、周りの人もいい人そうだ。
これから休日と学校終わりはシフト入れてもらおう。流石にバイト先ではハルも手は出してこないだろうし。
「佐伯くん?」
「あっ、はい!」
背後から名前を呼ばれ振り向くと、そこには明るめの茶髪に、たくさんピアスをしているお兄さんがいた。
「ハルいねぇから、今日は俺が仕事教えることになったんだけど…。」
「あ、よろしくお願いします!佐伯奈央です、普通にナオって呼んでください!」
軽い自己紹介をして、ぺこっと頭を下げる。
「そんなかしこまらなくていいよ。俺は伊藤侑士(いとう ゆうし)。よろしくな、ナオ!」
そんな俺に笑ってスッと差し出してくれた手を軽く握った。
「はい、ユウシさん!」
「別に、さん付けしなくていいよ。」
「えっ、じゃあ、ユウシ…くん?」
「ははっ、じゃあそれで!」
ユウシくんは大学生で、チャラいイメージはあったものの、一人っ子の俺は年上の人と話したりするのが新鮮だった。
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