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「おいナオ!お前就職するってマジかよ!?」 本屋を辞めて数ヶ月が経ち、卒業が見えてきた頃、ハルとナツに就職することがバレた。 「あぁ、うん…。」 「なんで言わねぇの!?俺、三人で大学行けるの楽しみにしてたのに!」 「ご、ごめんハル、内定が決まったら言おうと思ってたんだ…。ただ、ギリギリまで俺も悩んでたからさ…。」 詰め寄って来たハルに、困ったように笑いながら謝る。ハルは「もう決めたんなら仕方ないけどさ」と肩を落とした。 「てか、悩んでたなら相談くらいしろよ。」 今度はナツがそっぽを向いて俺に怒る。それに対しても「ごめんね」としか言えなかった。 二人が怒って責めてきたのは、その時の一回だけで理由も聞いてこなかった。俺が母子家庭なの知ってたし、きっと大学出る余裕がないとでも思ってるんだろう。 …結局俺は、自分の都合で就職を選んでしまった。 『母さん…。』 『あら、どうしたの?…って、ちょっと、ナオ!?』 『ごめんなさい!俺、大学行かないで就職したい!』 『…え?』 『大学行くために、あの高校入ったのに…、本当にごめんなさい…。』 『…ナオ、頭上げて。』 『ん…。』 『ナオが就職したいならそれでもいいのよ。大学も行きたいなら行けばいい。それが、自分のために自分で決めたことなら反対しないわ。』 『母さん…。』 『但し、後から"やっぱり行けばよかった"は、なしだからね?』 『うん…!ありがとう。』 母さんのことを、誰よりも考えていたはずなのに…。 「みなさん、ご卒業おめでとうございます。」 母さんへの罪悪感と自己嫌悪を抱えたまま、俺はついに憂鬱な日々から、解放された。 「やっぱ最後はここでしょ。」 「みんな外で写真撮ってるし、チャンスだな!」 二人とこういう事すんのも、もう終わり。 「か、母さん来るから…。」 「わかってる。」 最後は俺たちが過ごした、三年A組の教室だった。 今まで過ごしてきた楽しかった二年間の思い出は、最後の一年間の苦い思い出に飲み込まれ。 「は、あっ、ん…っも、イク…ッ!」 いらない快楽と嫌悪感だけが、身体に刻まれた。 卒業後、俺はすぐにスマホの番号を替え、二人との連絡手段を断ち切り一人になった。 高校で出来た友達、よく遊んでたから母さんも二人のことは知っている。 不自然なくらい二人の話をする事もなくなったのに、母さんは何も聞いて来ない。 それがとても有り難くて、救われた。…のに俺の親不孝は、続いていて。 『ごめん母さん、俺…会社辞めてきちゃった!』 『えっ?』 上司、先輩、同僚…、他人から自分に伸びてくる手のひらが、最後の一年とバイトでの事を思い出させて俺を追い詰めた。 『でも安心して!今はまだ少しだけど、ちゃんと家にも金入れるし、自分の事は自分でやるから!』 『えぇ…?』 『今日から自宅警備に永久就職致します!!』 "母さんを、ちゃんと支えていきたい。" そんなのは、俺のただの綺麗事に過ぎなかったのかな。

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