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イベントクエスト、ランボ式(1)
ウィルに方向を確認しながら森を抜け、勝宏と詩絵里はバイクを使うことになった。
いくらなんでもバイクに三人は乗れないし、透は転移地点の記録を行わなくとも転移で目的地まで向かうことができる。
転移先――合流予定の場所は、無論先ほどの町ではない。
詩絵里に場所を訊いた廃村だ。
もとは彼女の現世での故郷らしい。
諸事情あって奴隷狩りのようなものに遭ったのが彼女の奴隷生活の始まりだったそうだが、その際に村は襲撃を受けたのだという。
なら町は破壊されてしまっているのか、というと、そうでもない。
いつの日か村人たちが戻ってきてもいいようにと被害を最小限に抑え奮闘したのだそうだ。
透が詩絵里と同じ立場なら、同じことができたとは思えない。
詩絵里の実家ももちろん、もぬけのから。
鍵はかかっていなかったから、日本の自宅からカレー鍋と米とサラダを持参して二人を待つ。
しかし、数年放置されていたわりに、夜盗などに荒らされていない不思議な村だ。
ひょっとすると、詩絵里が昔結界や隠蔽などの魔法をかけていったのがまだ残っているのかもしれない。
ウィルの転移は壁も結界も時空もお構いなしに突破するので気が付かなかったが、勝宏と詩絵里が到着する頃には彼女によって結界の解除が行われたりするのだろうか。
持参した食事をテーブルに並べる前に、埃っぽい屋内を簡単に掃除させてもらう。
「うん?」
テーブルの上を布巾で拭いていたところ、椅子の背に紙切れが挟まっているのを見つけた。
「何かのメモ……かな」
少しずつこちらの文字は読めるようになってきているが、それでもまだぱっと見て内容を理解できるほどの習得レベルではない。
「ク……へ……村……は……だいじょうぶ……?」
もう一度はじめから目を通そうとして、最初の文字列が理解できた。
「クレアへ」、と書かれてある。
これ、置き手紙だ。
手紙なら、内容を見てしまうのはまずい。
それ以上の解読をやめて、手紙はあえてそのままに、その他の場所の掃除に手をつけることにした。
一階を掃除しおえた頃、玄関の扉が開かれる。
「透くん、いる?」
「あ、詩絵里さん。先に……おじゃましてます」
おじゃましてます、で合ってるかな。
扉を潜ったのはこの家の本来の住人、詩絵里だ。
ということは勝宏もいるのだろうが、一向に入ってくる気配がない。
「ごめんねー、片付けてくれたんでしょ? 絶対埃まみれだと思ってたのにすごい綺麗だし」
「いえ……勝手にすみません」
「勝宏くんー? ほら早く入りなさいってば」
肩越しに声を掛けた詩絵里が、そのまま部屋のテーブルに向かっていく。
置き手紙の存在には気付いてくれるだろう。
「と、透」
ようやく勝宏が顔を見せた。
怪我をしているわけではなさそうだ。
「勝宏、ここまでお疲れさま」
「あ、お、うん、えーと」
普段の彼らしくない、しどろもどろした様子でこちらを覗き込んでくる。
いつもの透と入れ替わったかのようなどもりっぷりに首を傾げる。
「どうしたの?」
「た、ただいま……?」
「え? お、おかえりなさい」
そのまま、見つめ合うこと数秒。
だんだん透の方も何かまずいことでもしたかと不安になり始めたあたりで、詩絵里が間に入ってくれた。
「あー、はいはい。勝宏くんは透くんと、ただいまおかえりーがしたかっただけなのよね。それよりあのお鍋、カレー? 私も食べていいの?」
「え、えっと、はい。三人分作った、つもりです」
詩絵里に解説してもらってもいまいち状況が理解できなかったが、彼女のおかげで話題が変わった。
三人で食卓を囲みながら、改めて個々の知っている情報を出し合って共有することになった。
まず、バイクでのここまでの道中で、彼らのステータスメニュー画面に届いた通達について。
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【イベントクエスト発生】
*クエスト名
「ダンジョン攻略クエスト」
*イベント内容
大陸全土のダンジョン対象
ダンジョンを攻略し、階層ボスを倒すと「クリア数」が加算されてゆきます
腕に自信のある方は、100層ダンジョンを3箇所クリアしてもよし
自信のない方でも、300箇所のダンジョンを各1階層のみクリアしてもよし
合計のクリア数をランキング形式で競うイベントクエストです
*報酬
①ダンジョン踏破報酬
各ダンジョン攻略完了ごとに「50pt」
+
スキルにより防衛されているダンジョンの場合「200pt」
②攻略階層総数ランキング
1位
「10000pt」
「リセットリング」
「スキルリセレクト※任意で第三者へも使用可能」
2、3位
「5000pt」
「リセットリング」
4、5位
「1000pt」
「リセットリング」
6~10位
「500pt」
*イベント期間
当通知の翌日より開始
~14日間
*留意事項
陣地防衛向け・ダンジョン構築関係のスキルをお持ちの方には、ダンジョン防衛クエストを発行しています。
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「なにこれ、って思ったけど、そういえばイベントクエストもあるって話はされてたわね。私が知ってる限りじゃ今まで一度も開催されてなかったけど」
二人には共通の情報が見えているらしく、おそらく転生者全員に向けた「運営からのお知らせ」というやつなのだろう。
「別に誰かを殺す必要もないわけだし、戦う相手は魔物だけだろ? 俺は参加してみようかなって思うんだけど」
詩絵里に続いて、勝宏が加える。
話しながらどうやってその量を胃に収められるのか、既に白米とカレールーが三度彼の皿に乗せられて消えている。
「そうね。転生者同士の戦いじゃないなら危険は低いし、ランキング上位にならなくてもしっかり攻略さえできればポイントが手に入る。戦力強化にもちょうどいいと思うわ」
「じ、じゃあ俺も……サポート、します」
せっかく勝宏に旅仲間と認めてもらえたのだ。
家で飯炊きをしながら二人の帰りを待つだけではいたくない。
「決まりね。どこのダンジョンでも良さそうだけど、この近くならナトリトン遺跡がいいんじゃないかしら」
「はい」
こちらの世界の地理に詳しくない透としては、詩絵里の提案に否やは無い。
勝宏は四度目のおかわりをしに席を立ってしまった。
いつもより食事量が多い気がするが、よもや勝宏の胃は作れば作るほど食べてしまうブラックホールなのではあるまいか。
詩絵里はその隙に、テーブル中央に置かれたサラダの大皿を自分の目の前に引き寄せている。
そっちがお好みでしたか。
争いが起きなくてよかった。
「……でも、哲司さん……嘘、だったんだ。ちょっと安心した……かも」
ぼそり、何気なく呟いた言葉が、席に戻ろうとした勝宏に背後で拾われる。
「あの嘘っぱちプロポーズ? いや、普通怒るだろ」
「人に好かれるなんて、どうすればいいか分からなかったから。冗談で済むなら、その方がいいよ」
「……俺なら絶対、嘘にはしないのに」
そう言って、勝宏は明後日の方向を向いたまま席に座った。
盛った白米が口の中にかき込まれていく。
えっと、それは、そのままの意味で?
……なんて、そんなわけないか。
分かってはいるけれど、なんだか――。
「ねえええええ透くん……」
「あっ、あっ、はひ」
ちょっと恥ずかしいことを考えていたせいで、唐突な詩絵里の言葉に声が裏返った。
「余韻がいい感じのところお邪魔して大変申し訳ないんだけど、私、日本製のマスクが欲しいなあ」
「マスク、ですか?」
「あの、風邪予防とか花粉症対策とかのやつね。数枚いくらのやつでも、業務用のボックスのやつでもいいから」
「は、はあ」
詩絵里も詩絵里で、勝宏と同じく自分の皿から目を離さない。
目を合わせて人と話すのはまだ苦手だから、こちらとしてはありがたいのだが、どうも自分の不用意な発言で変な空気になってしまっているようだ。
「透くん、結構勝宏くんとこういうやりとりするじゃない?」
「こういう……?」
「で、ああいう……転生者に絡まれるのって初めてじゃないんでしょ?」
「はい……そう、ですね」
分かる部分にだけ返答を続けていると、詩絵里は自己完結して結論を出した。
「うん、やっぱりマスクが必要だわ私。できれば早めにお願い。安物でいいの、顔が半分隠せればそれで」
「わ、分かりました……」
はあ、あかんわ、興味が無くてもこれはフジョシのサガだわ、背負いし業だわ、という呟きが聞こえてくる。
婦女子の性? ってなんだろう。
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