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第7話

 話題が話題なだけに、わずかな動揺がないでもなかった。そして通話を切るタイミングをまたも逸して、次の話題に移られてしまう。 「そういや、宗太くんこの間飲食店で一緒にいたのってもしかしてアルカナファイブの人?」  移った先の話題もまた、心臓にダイレクトアタックしてくる話だった。 「見てたの」 「だって俺あそこ居たし。俺が宗太誘ったのもあの店行くつもりでさ。おまえに振られたから女の子呼んだけど。LINEに書いてただろ店の名前」  それは流石に、ちゃんと目を通さなかった自分の落ち度である。今度からは目を通した上で既読スルーしよう。 「誰にも言うなよ」 「言わない言わない。宗太くんがレッドさんとデートの約束取り付けてはしゃいでたことなんて誰にも――」 「で」  デート。でーと?  軽く言い放たれた冗談みたいな一言に、まるで世界が反転したかのような錯覚を味わうこととなった。  一時停止したテレビの向こうで、七星元気が太陽みたいな笑顔を見せている。三十四話は、アルカレッドの誕生日を祝う回なのだ。顔から火が出るような心地で、テレビ画面の電源を落とした。それでも、部屋中に彼のポスターが所狭しと貼ってある。 「……言う、なよ」  ああ、そっか。  このひとと。また会えるんだ。  じわり、胸の奥に不思議な感覚が広がっていく。このまま窓から庭へ飛び降りて回転しながら地面に埋まってブラジルまで突き抜けたいような、大声を上げて最寄りの海まで何日もかけて走り込みに行きたいような、気でも狂ったと言われてもおかしくないほどそわそわともどかしいこの感じ。  これは、いったい、なんなんだろう。 「……え、あれ、まじで? 惚れた?」 「分からない。恋とか、したことないから」 「んー、それが恋愛感情かどうかを判定するってのは現状ではちょっと難しいな。恋なんてほぼ脳みその勘違いから始まるもんだし」 「別に。分かってもどうもしないし、どうにもならない」 「愛の伝道師誠一お兄ちゃんに任せとけ。何回か会う予定なんだろ?」 「候補がいくつかあるって言ってたから、たぶん、二、三回に分けることになると思うけど……」  テレビの前から携帯を片手に立ち上がって、ベッドに腰を下ろす。 「オッケー。じゃあまずはもう一回会ってみて、レッドさんに対して「抱きたいまたは抱かれたい」と思うかどうかを検討してみろ」 「無理」  それはいくらなんでも恐れ多すぎるだろ。体の関係を持つって。あのひとと? あり得ない。天上の存在だぞ。 「無理ってのは生理的に? たとえば迫られたら突き飛ばすか?」 「そんなこと、できない、と思う」 「宗太くんにはハードル高すぎたか。じゃあキスは?」 「……この間、間接キスだった」 「ああ、なんか回し飲みしてたもんな。間接キス気にするとか宗太くんも可愛いとこあるじゃ」 「冷凍保存」 「はい?」 「コーヒー持って帰って冷凍保存したくなった」 「……それは、その、お兄ちゃんあんまり知りたくない情報だったかな」  なんだ。セックスできそうかどうか考えてみろって平然と言い放つわりに冷凍保存はNGか。基準がいまいち分からない。 「だいたい、これが恋だとして、そうだと把握することに何かメリットはあるの。面白がってるだけだろ」 「それもあるけどな。宗太くん、恋したら絶対可愛くなるぞー」 「意味分かんないんだけど」  可愛さは別にいらない、と言いかけて、つい先日元気からかけられた「かわいい」の一言がよみがえってきた。 「あんたは、かわいい子見てるの、たのしい?」 「俺? そりゃもちろん。恋する表情ってのはどんなメイクより綺麗なもんだ」 「ふーん」  剣道部の男子高校生とか、どうあがいてもかわいいの枠には入れない気はするんだけど。けれど、あの人の琴線に自分の何かしらがふれて、少しだけでも自分と会うことを楽しいと思ってくれたなら、それはどんなに、胸の躍ることだろう。 「……かわいいって、言われた」 「レッドさんに? あの時?」 「確かに、少し楽しそうだった」 「だろ」  いつも恋愛でトラブルを起こしているくせに自信ありげにアドバイスをしてくる誠一の声を聞きながら、ベッドの上にぼすん、とひっくり返る。仰向けに天井を見やると、そこでもまた元気のポスターと目が合った。 「あのひとの、楽しそうな笑顔は、大好きだ」 「そーかそーか」 「恋かどうかは、わかんないけど……もっと笑顔が見たい、と思う」 「宗太くん」 「ん」  しばしの沈黙ののち。いや、なんでもない、頑張って、とだけ告げて、誠一があちらから通話を切った。  DVDの続きを観るのが気恥ずかしくなって、部屋中のポスターからの視線からも逃げるように布団を被った。  しんせーいせんたーいあるかーなふぁーいぶ。口ずさめば何度も視聴したオープニングの不敵な笑みを浮かべるかっこいいアルカレッドが脳裏に浮かんでくる。それから次いで、いちごが好きだとふにゃふにゃした表情で嬉しそうに話していた彼が浮かんでくる。  憧れが恋になることがあるのなら、それはひょっとして、こんな感じ、なんだろうか。

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