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第9話

 自室の扉を閉めて、そのままベッドに倒れ込む。大きな溜め息をついたところで、首にまとわりつくアクセサリーが視界の端に映った。自分にはUSBにしか見えないこれが流行のかっこいいファッションで、そしてかわいいとか、似合ってるとかいう評価を受けたが次回以降は禁止されてしまった。似合っているのに次回装備不可とはどういうわけだか知らないが、服装について駄目出しされたならコーチを名乗る誠一にも報告せねばなるまい。  色々いっぱいいっぱいで動きの鈍い手をどうにか携帯に伸ばし、LINEの通話を起動させる。数コールののち、誠一が応答した。 「宗太くん? おっかえりー。で、どうだった、コーデ褒めてもらえた?」 「似合ってるって言われた」 「そのわりにお疲れだな。進展あった? ホテルに連れ込まれたりした?」 「してないよ馬鹿」 「やだストレートに罵られた」 「NG出た」 「え?」 「貰ったネックレス。次はつけてくるなって」 「マジで? そいつそのブランドがそうとう嫌い……いや待てよ、宗太くん、そのNG出た時のレッドさんの発言正確に教えて」 「えっと、出会い頭に「それ誰かに選んでもらった?」って訊かれたから」 「正直に「誠一お兄ちゃんから貰った」っつったわけだな?」 「うん。そしたら、なんとなく機嫌が悪くなったような気がする」 「俺と居るんだから他の男のこと匂わせんな、みたいな感じの発言なかった?」 「あ、今日は俺が先約だから、とかなんとか……さっき、別れるとき「似合ってるけど次はつけてこないで」って」  その際自分はというと間近に迫った元気の顔をまじまじと見つめて「改めてこのひと顔面偏差値高い」などと考えていたせいで、言われたセリフがそれで正しかったかちょっと自信がない。 「そっかー、かなり脈アリじゃん? でもまずったな、最初からこんな好感度高いとは思わなかったわ。恋敵認定されちまったかも」 「誰が?」 「俺が」 「オエッ」 「あっ、宗太くんその反応はなくない? お兄ちゃん傷付いた!」 「冗談。感謝してるよ」 「してそーに聞こえない」 「そこは本当だよ。俺一人だったらダサい私服で会うとこだった」  コーディネイトしてもらった服は自分の語彙力のなさで端から抹茶フラッペになってしまったわけだが、そのあたりは伏せておこうと思う。 「それはそれとして、宗太くん、どうよ? レッドさんとキスしてみたいなーとか、えっちしたいなーとか、考えた?」 「一日中なんか、ふわふわしてて、それどころじゃなかった」 「それあれだ。恋の魔法で世界が一気に薔薇色に見えてるやつだ」 「魔法……恋かどうかはともかく、確かにそんな感じがする」 「はー、若いっていいね」 「枯れる気配のないおじさんに言われたくないな」 「待って俺まだ二十代なんですけど」  通話をスピーカーにして、自分には過ぎた衣装としか思えない服を脱ぐ。明日のスーパーヒーロータイム、確実に寝過ごさないためには逆算して二十三時までにはシャワー浴びて就寝しないとな。 「あんたは会った頃から、常に女の子と一緒だよね」  思えばこの年上の友人との出会いはあまり良い思い出ではなかった。部活帰りに往来で男の名を泣き叫びながらカッターを構える女の子と遭遇して、女の子が男に切りかかろうとしていたのを思わず助けたところ帰り道で買ってきた特撮誌が被害を受けてしまったのである。助けてくれてありがとう少年よ、みたいな白々しい言葉とともに近づいてきた男――誠一が、カッターの餌食となった雑誌を見て「実は同じの買ってるんだけど」と取り替えてくれた。  痴情のもつれ、単なる修羅場、浮気男と分かっていれば、刀傷沙汰だけ回避させたらそのまま立ち去っただろうに。あれ以来、彼とは腐れ縁のような関係が続いている。 「だって仕方ないじゃん俺、モテるし?」 「都度刀傷沙汰になってるけどね」 「ごめんて。日頃のお礼もかねてしっかりサポートするって」 「その、なんだっけ、恋の、魔法? ……あんたならきっとうまく使いこなせるんだろうな」  誠一と一緒にいる女の子は、修羅場の時を除けば皆楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうだ。 「俺はだいぶ詐欺ってるからなあ」 「結婚詐欺的な?」 「そういう詐欺のことじゃなくて! 魔法使いって言っても、ウィザードじゃなくてマジシャンなの。恋の魔法なんて結局は脳の錯覚だ。心の隙を探るのに慣れれば、いくらだって種も仕掛けも仕込めるんだよ」  ほんのちょっと、彼が普段女の子と一線置いて接している心情の根底が見えた。誠一はきっと恋の駆け引きに慣れすぎて、普通に恋をしているつもりでも騙している罪悪感みたいなものが拭えないでいるんだろう。こちらはこちらで重症なようだ。とはいえ百戦錬磨の彼に自分が解決策を提示してやれるわけでもないので、口出しはしないでおく。 「いいじゃん、マジシャンだって。相手が幸せな気持ちになってくれるなら、それも魔法だろ」 「宗太くんさあ、こないだも思ったんだけど。ちょっとレッドさんに対してピュアすぎない?」 「飲みかけコーヒー冷凍保存のどこがピュア?」 「いやうんそれはどうかと思うけど。その純粋さがなんか利用されそうでお兄ちゃん心配だわ。宗太くんちゃんと精通してる? まともにAVとか見れる? この期に及んでAVより戦隊DVDとか言わないよね?」 「失礼だな。男の生理現象くらいあるよ。興味ないだけで」 「さすがに知識はあるよね? 赤ちゃんはキャベツ畑から生まれるんじゃないからな?」 「電話切るよ」 「ちょ」  引き留められかけたが、構わず通話終了ボタンをタップした。相談に乗ってくれる点についてはありがたいが、セクハラ会話にまでつきあうほどこちらも暇ではない。  シャワーを浴びたらさっさと休んで、明日は毎週の楽しみスーパーヒーロータイムである。

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