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第10話

 二度目の呼び出しはそれから丸一週間後の日曜日だった。偶然なのか何なのか、この日の放送はゴルフでお休みである。毎年思うんだけど、ちょうど話が面白くて次回すごい気になる、って時に限って必ず次週ゴルフが邪魔してくるのはなんなんだろう。呪いかな。  ないと分かっていてもいつもの感覚で早めに目が覚めてしまうのはもう仕方ない。戦隊ファンの朝は早いのだ。特に職人じみたことはしてないけど。  いつでも勧善懲悪、白黒明確な気持ちの良いハッピーエンドが待っている世界。日曜日にその一日の始まりを戦隊リアタイで迎えることができるから、週明けの淡々とした一週間を乗り切ることができるというのに。いつもならここでふてくされてお気に入りのDVDを午前中ずっと流しっぱなしにするのだが、今日は違う。中の人のお誘いで予定が入っているのである。  スーパーヒーロータイムを避けてくれているのはこちらが日曜朝は忙しいと言っていたのを考慮してくれたからか、それともあちらが仕事で忙しいのかは分からない。  そういうのは良い方向に捉えといた方がいいぞ、とは誠一のアドバイスだが、勝手に期待したり喜んでおいたりして後々それが勘違いだったことが分かったらその時のダメージってかなり大きいと思う。  だいたい、こんな平凡な高校生にお声が掛かるだけでとんでもない奇跡だ。それを忘れてしまったら、痛い目を見るのは自分の方で間違いない。後ろハゲの幸運の女神に感謝しつつ、慎ましやかにオフの七星元気を拝むのが正解だ。観賞用だよ観賞用。  前回と同じ待ち合わせ時間、前回と同じ待ち合わせ場所。彼と落ち合って、不動産屋経由で物件をまた見に行った。  今日見た中では、木目を活かしたシックなデザインの部屋が大人っぽくてお洒落だなと思ったくらいだろうか。前回よりも若干広い物件多めだった気がする。個室もかなり見かけた。  大人っぽいといっても彼のイメージや生活スタイルに合うかどうかはまた別問題で、さらに元気がオフの日はこれで選んだ部屋にほぼ毎日寝泊まりをすることを考えると、何より彼が気に入った物件を選ぶべきだ。  好み、か。  彼と自分では、好みの方向性が同じだとはちょっと思えない。それだけじゃなく、年齢が六つも離れていれば価値観だってまるで違う。これが四十代、五十代になってからの六歳差ならまだしも、十代、二十代の六年という溝はかなり大きな比率を占めることになる。  俺の意見、ほんとに必要かこれ。  本日予定していた物件の最後の一箇所を見てまわっていたところで、初日から抱いていた疑問がふいに形になった。 「あの、元気さん」 「ん? どした、宗太」 「俺、役に立ってますか?」  言ってしまってから、これは失言だったかもしれないと口を噤んでも出ていった言葉は取り戻せない。憧れの人にこうして頼られているのだから、彼が何も言わない限りは彼の求める付添い人を演じるべきだというのに。  なんだ、そんなことか、と元気が体ごとこちらに向き直る。それから、窓際に背中を預けた 「おまえだからいいんだ。おまえと、見たかったから」  暮れていく赤い日差しが、大きな窓から彼の肩越しに淡く目を焼いてくる。それはどういう意味なんだろう。どういう振る舞いを期待されているんだろう。経験値の足りない自分には結局重要なそこが判断できなくて、曖昧な相槌を挟むしかなかった。  その日の物件探しはそれ以降そんなに特筆すべき点もなく、誠一への報告も不要かな、と考えていた帰りしなのこと。夜道を二人で歩いているところ、背後の気配に振り返ると見知らぬ女の子が拳を振りかざしてきていた。  誠一の臨時ボディガードの感覚で咄嗟に応戦しかけたが、すぐに元気が前に出てきて女の子の手首を掴んで止める。 「挑戦失敗だな。次の挑戦も待ってるぜ!」 「奇襲ならいけると思ったのに……! またすぐに再チャレンジします!」  静かな夜道に女の子の悔しげな声が上がる。一緒に物陰に隠れていたらしい男性は恋人か何かだろうか。次はもっとこうしよう、などの作戦をぼそぼそ話し合いながら、二人が遠ざかっていく。 「えっと……?」 「あ、悪い悪い。例のあれだよ。一発殴れたらごほうびってやつ」 「本当に昼夜関係なしなんですね」 「俺もなんだかんだ楽しんでるけどな。宗太もいつでもオッケーだぜ」  そんなことしなくても宗太のお願いだったら喜んで付き合うけど、と彼が肩を抱き寄せてきた。なんてことはない、ただのスキンシップだ。男子学生同士で肩を組むのと同じようなもの……にしては、どうすることもできずに固まるだけの自分が不自然ではあるけれど。そんな細かいところまでは、彼は追及しないだろう。 「……ちぇー。宗太反応薄いのなー」 「すみません、俺、あんまり表情動かなくて」 「そうか? ポーカーフェイス、かっこいいじゃん。俺が言いたいのはさ、表情のことじゃなくて」  車道側の彼が、こちらに距離を詰めてくる。塀のそばまで追いやられてしまった。 「もっとどきどきしてほしい」 「して、ます」 「ほんとかよ」  この状況、いわゆる壁ドンとかいうやつか。やたらめったら顔のいい憧れのヒーローが詰め寄ってくるのは、どきどきっていうか、だいぶ迫力がある。 「俺、」  何を言うでもなく口を開いた、その時。軽快なイントロとともに聞き慣れた歌が二人の間で流れ始めた。  一瞬、思考が止まる。 「あ、」 「お?」  はるーかなーそらーめざしーしんじるものーひとつーむねにーいだきー。 「あああああ」  どこまでーもーとべるーさーにぎったーこのてはーはなーさないー。 「あれこれ俺の曲」 「あ、いや、あ、あの、これはその」  慌ててスマホをポケットから探り出す。嘘だろ。着信音はこの間変えたはず! どうしてアルカレッドのキャラクターソング兼メイン回挿入歌が流れてくるああああ思い出したああああ! アラーム音! アラーム設定してた! 寝ている間に手が触れたか何かで十二時間おきの設定にしちゃったんだ!  アラームを解除すると、再び夜道に静寂が訪れる。誰を責めることもできないこの失態への行き場のない感情が、ば、ばくはつ、 「宗太、ポーカーフェイスじゃなくなってる」  目の前の彼が、楽しそうに笑って頬に触れてくる。 「もっと色んな声聞きてーなって思ってたけど、焦った宗太初めて見た。すげーかわいい」  こつん、額がくっついてきて、殺傷能力の高い完成度の顔が間近に迫った。それだけでもう、身動きが取れなくなって。 「かわいいよ」  ……穏やかな囁きに、テンパった自分がなにを返したか、ちょっと思い出せない。

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