12 / 22

第12話

 翌日、やってきた元気は紙袋を提げていた。袋の中身は昨日話していた衣装だという。持って帰っていいと言われた衣装は撮影に使われたものの中でも限られていて、この服は夏の放送向けに用意された衣装だとのことだった。夏の私服衣装といえば二十話から三十二話くらいまでアルカレッドが着ていたシャツだろう。季節外れだけどちょっと着てみてくれたりしないかな。写真撮りたい。 「宗太、あとでこれ着てみるか?」 「俺はいいです」  こんなお宝を自分が身につけちゃ駄目だろう。七星元気成分が減ってしまう。そして要らない自分の成分が混ざってしまう。即答すると彼があからさまにしょんぼりしたので、冷凍コーヒー案件にならないよう細心の注意を払って口を開く。 「むしろ、元気さんがそれを着てるところ、また見たいです」 「結構前のだけど、着れっかなあ」 「体つきとか、放送当時と全然変わらないじゃないですか」 「そりゃあ鍛えてるし」  知ってます。トーク番組からスポーツエンタテイメント番組まで、あなたが出てるバラエティ系全部チェックしてるんで。とまでは言わない。流石に。この間の筋肉番付はとてもよかった。録画して保護までかけている。終盤ステージを軽々と乗り越えていく七星元気のかっこよさったらなかった。 「じゃ、カラオケとか行くか? 着替えてみせたほうがいいんだろ?」 「あ、でも、お部屋探しは」 「それは夕方にな。集合時間早めにしたのは、ちょっと宗太と遊びたかっただけ」  先方の代理店都合とかで、いつもの時間に予約できなかったんだろうか。  駅から普段と逆方向へ進むと、カフェやカラオケなどの密集しているエリアになる。近くでちょうど国民的アイドルグループのイベントがあっている最中だったからか、休日のわりにそこまで人は多くない。集合時間がもう少しでも早ければイベントに足を運んできた遠征勢でごった返していただろうから、本当にちょうどいい時間を狙ったものだと思う。終了時間は何時だったかな。そんなに遅くはなかったはずだから、いつもの時間まで一緒に過ごすならどちらにしても団体さんのお帰りにはぶつからないに違いない。  カラオケの受付から二階の部屋に通されて、元気が後ろ手に扉を閉めた。何か歌ったりするんだろうか。ソファに少ない荷物を置いて、とりあえず選曲機をテーブルの上に出す。 「元気さん何か歌いま、うわっ!」 「ん?」  彼を振り返ると、元気はなんのためらいもなくその場で服を脱ぎ始めていた。そうだね男同士だしいちいちトイレで着替えるのも面倒だったらここで着ちゃうよね。うう。見ちゃった生胸筋。 「な、んでもないです」  冷凍コーヒー案件に類するぼろを出さないためにも、ドリンクのメニューを開いて注文の準備に意識を逸らす。  自分のドリンクはともかく、真っ先にいちごを探してしまうのはもう仕方ない。いちごミルクみたいな飲み物はなかったけれど、いちごのたくさん盛り付けられた赤いシロップのパフェを発見した。ただしサイズが非常に大きい。頼むかどうかは分からないけど、教えてあげるべきかな。 「お、いちごパフェ! 宗太、それ頼むか?」  着替え終わったのか、元気がソファ越しに背後からメニューを覗き込んでくる。  元気さん好きかなと思って探してただけです、なんて言うと彼が今もし甘いものを食べる気分じゃなかった場合に断りにくいだろう。どう答えるか一瞬迷って、思わず頷いてしまう。 「は……はい」 「俺も食べたい。奢るから、はんぶんこしよ」  はんぶんこ。なにそのかわいい表現。俺はたった今、萌えという感情を理解しました。 「わかりました。あと、飲み物、何にしますか」 「あ、抹茶オレあるじゃん。宗太だ」  うん、抹茶ですね。俺ですね。先日の失言のおかげで抹茶イコール自分みたくなってしまったのだけは遺憾の意である。自分のせいだけど。こちらとしても完全にいちごイコール元気さんの図式が成り立ってしまったので突っ込めない。 「抹茶オレにしようかな。宗太は?」 「俺は……ジンジャーエールで」  他意はないんだろうけど、なんだかそのセレクトはちょっとくすぐったい気分になる。注文パネルでドリンクとデザートのオーダーを終えると、向かいに腰を下ろした元気の姿に変な声が上がりそうになった。あ。あ。あ。憧れのヒーローがそのまんま画面から出てきた。これは。待ってやっぱり今すぐもとの服に着替えてほしい。まぶしすぎて直視できない。カラオケ三時間で受付お願いしたけれど、この状態で三時間って我慢比べもいいところだと思う。冷凍コーヒー案件再発してしまいそうだ。  自分の死滅している表情筋を心中全力で応援してみる。今回ばかりは頼むから、表情に出ないでくれたまえ。 「宗太、この格好で、何か言ってほしいセリフとかある?」 「あ、う、あ」  変身後の決め台詞『熱血だぜ!』とか、『おまえは一人で戦ってるんじゃねえんだ。背中を預けられる、それが仲間ってもんだろ!』とか、いやもういっぱいあります。ありすぎます。その衣装でやった回全部再現してほしいレベルです。ていうかこの中盤衣装で序盤のセリフとか終盤のセリフとか拝めたらめちゃくちゃ激レアなんじゃないか。誰か! 誰か録画して! DVDレコーダーはどこですか! ぶるれい! ぶるれい! 「な……いです……」 「そっか? ま、しばらくこのまま着とくから、何か思いついたら遠慮なく言ってくれ」 「三」 「さん?」 「なんでもないです」  三時間耐久コース! と叫びかけて踏みとどまった。危ない。黒歴史という名の新たな伝説の一ページを生み出すところだった。 「なあ宗太、アルカナファイブ見てくれてたんだろ?」 「あ、はい。結構好きです」  正しくは一番好きです。 「じゃあ主題歌とか歌える? キャラソンは?」 「あんまり上手くはないですけど、一通り歌えます」 「おお、すげー! 歌って!」  どころかエンディングダンスまで振り付け完璧に暗記してます。無論それは言わずに、乞われるままアルカグリーンのキャラクターソングを探して入力する。送信ボタンを押して、選曲機を向かいの彼に差し出した。 「俺も元気さんの歌、聞きたいです」 「んー、じゃ限界突破エクスプロージョン一緒に歌うか」 「はい」  そ、それはアルカレッドが新装備で単体強化された時に挿入歌として流れたジャムプロのお二方によるデュエットソング。七星元気バージョンが今ここに爆誕。どうして相手が自分なんだ。ソロを録音させてください。  高校受験時、何度もリピート再生して聞いていたアルカグリーンのキャラクターソングはイントロが十二秒だ。流れてきた歌詞を歌い始めれば、関係者の前で歌わされるという羞恥プレイも忘れて舌が曲を覚えている。  あのひのかぜにーねむるーこころー。  最後まで歌いきって、マイクをテーブルの上に置いた。歌っている間に届けられたらしいジンジャーエールをひとくち、喉を潤す。カラオケに誘ってくれる友人もいないし、いたところでレパートリーが戦隊ソングオンリーなので歌う側に回ることは絶対にない。そのためヒトカラまたは自宅で鼻歌する程度が関の山で、自分の歌のクオリティがどんなものかは知らない。が、少なくともリズムだけはばっちりのはずだ。音程は……合ってるはずだけどそういえば自分の脳内の声と実際の声って違うんだったっけ。ああ、こんなことになるなら昨日の晩のうちに誠一のアドバイスに従って何か録音して聞いてみるんだった。  元気が嬉しそうに拍手で迎えてくれる。喜んでくれたなら、もうどうでもいいや。 「次もう入れちまったけど、宗太、声大丈夫か? 喉痛いなら一旦止めるけど」 「全然大丈夫です」  シャウト系でもないアルカグリーンのキャラクターソングを一曲歌った程度で喉をやられることはない。  二人で歌う最中、ちらと盗み見た元気と目が合った。ほんのすこし心配そうな目でこちらを見ていた彼だったが、目が合ったことが分かるとすぐに笑顔に切り替えられる。  神星戦隊アルカナファイブはタロットカードの大アルカナがモチーフになってる戦隊で、カードを「アルカスロット」というデッキケースに差し込むことでフォルムチェンジ、つまり変身できるという設定である。補助カードを差し込むと、特殊武器を使えるようになったり見た目が変わったりなど戦闘・作戦を補助する効果が得られる。仲間同士でチェンジカードを交換して差し込むとレッドの見た目がブルーになり専用武器も変わるなどの効果があることが序盤でコミカルに表現され、それが子供たちにウケてホビーグッズの売れ行きが非常に良かった。  皇帝のチェンジカードをベースに火星の力で戦っていたアルカレッドだったけれど、ちょうどこの挿入歌「限界突破エクスプロージョン」が使われ始めた頃に新たな力「太陽」のチェンジアップカードを入手して文字通り太陽の戦士となった。  アルカレッドのキャラクターも、中の人の性格も、どちらも太陽のようなきらきらした笑顔が似合う明るい人柄だったから、当時太陽のカードがチェンジカードに分類されると知った時点でアルカレッドの強化アイテムに違いないと確信したものだ。  作中で何度も見た、大好きな笑顔。でも、彼と知り合って、今は演じられた笑顔と、心からの笑顔との見分けがつくようになってしまった。  何が不安なんだろう。一瞬だけ目にした彼の寂しげな表情が、アツい挿入歌の中でずっと気がかりだった。

ともだちにシェアしよう!