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第14話

 憧れの人に別れ際にキスされた、とかいう話は果たして友人相手にすべきなのか。友人の前に協力者でもあると考えれば、確かに成功の報告はすべきだろう。友人という枠ではちょっと悩ましいところだったが、その後も頻繁に会うようになったことを誠一に報告すると、芋蔓でなれ初めから何からすべて洗いざらい話すことになってしまった。  元気とはあれから二回、平日放課後に会っている。デート、と表現してもいいものか、少なくともその二回、どちらも最後には必ず人目を盗んでの口付けがあった。 「幸せそうでなにより。ところで宗太くん? 声の試し録りはしてみた?」 「あ、してない」  声の録音を忘れていたことを悔やんだその数時間後に思いがけない展開になってしまって、それからすっかり忘却の彼方だった。通話で誠一に指摘されてようやく思い出す。 「やってないなら、今日はこれで電話切るから、スマホでもPCでもどっちでもいい。一度やって。……なんでそんなに宗太くんがあのひとに猛烈に好かれたのか、分かると思うから」 「それは……気になるけど」 「やってみて、そしたらおまえきっと、全部理解すると思う。その上で、もう一回考えた方がいい」  いつになく真面目な様子に、PCで片手間にツイッターをチェックしながらだった手が止まる。 「憧れと恋愛は、違うからな?」  そして、それまでこちらの惚気話を笑いながら聞き流していた誠一が、ふと真剣な声色で言い含めてきた。 「学校のセンパイに憧れて同じ部活で仲良くなってくっついた、みたいな、憧れから始まる恋愛だってもちろんないわけじゃない。けど往々にして、憧れってのは良くも悪くも相手を理解するのに向いてない感情なんだ。応援してたアイドルに恋人がいたことが発覚して、隠してた事実に幻滅したって話、よく聞くだろ?」 「俺が、あのひとの何かを知って幻滅する、って言いたいの」 「ていうか、途中まではちゃんと応援するつもりだったけど、俺個人の意見としては、ありゃやめた方がいい。ちょっと遊ぶくらいならともかく、本気になるな。オトコ気になるなら俺で試してくれてもいいんだぜ」 「いや無理。てか両刀だったのあんた」 「あれ。こんなにべなく振られると思ってなかった」 「……別にいいよ。いつまでも憧れのままで。あのひとが求めてくれるなら応えたい。それだけだから」 「重症だねえ……恋の魔法が解けないことを、願っておくよ」  その言葉を最後に、通話が切れる。まるで自分が元気に対して一度幻滅することが前提であるかのようなその口ぶりに腹が立たないでもなかったが、波風を立てずに相手に話をあわせたり話題を誘導したりすることに長けている誠一がああまで言うのならきっと何かがあるのだろう。スマホのボイスメモを起動する。  何もなければ鼻で笑ってやればいい。何を録音するかで少し迷って、先日音程を外していないか気になったアルカグリーンのキャラクターソングをアカペラで歌ってみることにした。といっても、フルで全部歌ってしまうのはさすがにちょっと恥ずかしいからサビの部分だけ。  歌詞を確認する必要さえなくそらで歌えるその曲の、最も盛り上がるサビ部分。本物のアルカグリーン――福島翔は、高音になるそこをなんなく地声で歌い上げている。自分の歌声はどうだろう。サビを歌い終わってから、再生ボタン。耳元にスマホを寄せる。  ……アカペラで聞こえてきたのは、福島翔の声、そのものだった。

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