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第15話

 元気から誘われたいつものデートコースは、今日ばかりは聞きたいことが次から次に溢れてきて落ち着かなかった。  何も言い出せず、切り出すことも聞き出すこともできないまま、何事もなく彼との一日が過ぎてゆく。  自分がもともと感情が表情に出ないタイプでよかったと思う。演技を仕事にしている彼にも、まだきっと自分が心の奥に抱えているものには気付いていないはずだ。  年の差ゆえに二十二時までには必ず自宅へ帰されることに対し、特段なにか物申したいと思ったことはなかった。一緒にいて楽しいと言ってもらえるだけで、別れ際のキスひとつあるだけで、単純な自分はかんたんに満足してしまう。  けれど、今年二十四にもなる成人男性がそれはどうなんだろう。抱きたいわけじゃないし、どうしても抱かれたいわけでもない。でも、今日だけは、あの日のように「帰したくない」と引き止めてくれることを期待してしまった。自分の中に浮かんだ仮説を否定するだけの材料が、自分の手にはなにひとつ存在しなかったから。  並んで歩く夜道は、先日自分の戦隊オタクがバレてしまったあの夜を髣髴とさせる。ちょうどこのあたりを通ったところで女の子が奇襲を仕掛けてきたんだったか。  思い返したその時、同じく背後に気配がして振り返る。先日の女の子ではなかったが、男性が自分の隣の元気に殴りかかってきていた。振り上げられた拳は速い。 「おっと! 危ね、ギリギリセーフ」  元気の反応からしても、明らかに素人の攻撃ではない。一発叩き込まれる寸前に、相手の拳と胴の間に手のひらを滑り込ませて攻撃を防いでいる。 「……ショウ?」  受け止めた拳の先に覗く、月明かりの顔を見て元気が動揺した。襲い掛かってきたのはファンではない。神星戦隊アルカナファイブ・アルカグリーン役、福島翔その人だった。  福島「カケル」という名前だったはずだが、ショウというのは愛称か、もしくは芸名と本名で読みを変えているのかのどちらかだろう。元気の名前も、本名の方が「モトキ」であると先日戦隊オタバレした際に聞いている。  元気の呼びかけに何も答えず、福島は奇襲失敗を悟ったのか、無言で踵を返す。彼の拳を受け止めた元気の手には、ノート用紙の切れ端が握らされていた。  去っていく福島を呆然と見送るだけの元気の手から、ノートの切れ端がはらりと地に落ちる。拾い上げて元気に渡すと、彼はさんきゅ、と小さく呟いてそれを受け取った。紙の文面を読むことなく、その切れ端は元気のジーンズのポケットに突っ込まれる。  自分には、あの紙を拾い上げた時に、ちらと見えてしまった。「かえってこい」の一言だけが記された、おそらく福島本人からの手紙。  わざわざこちらまで出向いたのだから直接話していけばいいものを、伝言を紙に書いて渡してきたというその事実で、声が出なくなった、という誠一の情報が真実味を帯びてきた。  そして、自分の推測は残念ながら、おそらく八割がた、合っているんだろう。 「……悪い、宗太、ひとりで、帰れるか」 「俺は大丈夫です。さっきの人に何かご用件があったなら、すぐ追いかけた方がいいですよ」 「ああ、そういうわけじゃねえんだけどさ。ごめんな」  申し訳なさそうに謝って、元気はその場から逆方向へと駆け出した。真っ先に福島を追いかけていかなかったことに胸中ちょっとだけ安堵した自分がいた。身勝手な気持ちを、認めたくはないけれど。  ――思うに、元気は福島へ、友人以上の感情を抱いていたんじゃないだろうか。それも、少なく見積もっても五割くらいの確率で、現在進行形。両思いだったかどうかまでは分からないが、何かがきっかけで二人は仲違いして、挙句福島は声を失ってしまった。  そこで元気は偶然自分と出会って、もう二度と聞くことのできない福島と同じ声を持つ学生と一緒にいることで、気を紛らわせようとしていた。たぶん、これが、真相だ。  誠一に、ざまあ、と言ってやりたくなった。  真相に辿り着いた。彼の言うとおりだった。けれど、幻滅だけはしなかった。  自分を置いて、誰かを思っていなくなるあのひとなんて、いっそ手のひらを返したようにいっぺんに嫌いになれたらかんたんなのに。幻滅することができなかった。  誰もいない帰り道を一人で歩きながら、携帯で誠一に連絡を入れる。すぐに出てくれた協力者は、こちらが第一声で「ごめん」と謝ったことで察してくれたようだ。 「ごめん。声録音して聞いてみろって、そういう意味だったんだ」 「あー。やっぱ気付いちゃったか。……魔法が解けてみて、どう?」 「よくわからない。けど……」 「復讐するなら付き合うぜ?」 「そんなことしない。……ちょっと、考えたい。今日は、謝りたかっただけだから」 「ん。考えがまとまったら連絡しな。力になるから。お兄ちゃんはまがいものの魔法使いだけどな」 「ありがとう。……ごめん」  鼻の奥がつんとして、視界が滲んでくる。この空しさは、誰かさんと重ねて見て「かわいい」と言っていた元気に対してではない。夢心地の中に魔法を解く方法を教えてきた誠一に対してでもない。  天上の存在に見初められるという身に余るほどのありえない幸運が降ってきたことに、結局ただ浮かれて過ごしていただけの自分が、ばからしかった。

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