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第16話
それから二週間、元気からの連絡は一切なかった。流石にもう、お役御免なのかもしれない。思わなくもなかったが、彼の個人ブログも更新が途絶えてしまっていて、ツイッターは固定ツイートで「七星元気は現在体調不良のためお休みをいただいています」という旨の投稿がトップに表示されていた。名は体をあらわすといわんばかりに健康そのものな彼に限って、体調不良はないだろう。
体調不良の線がないとしたら、……行方不明とか。有り得そうな可能性に思い至ってしまって、途端、あの夜一人で彼を見送ったことを後悔した。
ちょっと、様子を見に行くだけだ。福島と仲直りをしていたならそっと帰ればいいし、本当に逃亡ならその理由を聞いて、できれば原因を取り除いてやりたい。
確か、新居が決まるまではホテル暮らしだと言っていた。ホテル名、部屋番号までは以前聞いていて、スマホのトーク履歴にも残っている。
学校帰り、ホテル名で検索してスマホの地図アプリを確認しながら該当の宿泊施設まで立ち寄ってみる。部屋は五階と聞いている。エレベーターで五階に昇って、聞いていた部屋番号でベルを鳴らしてみた。受付でこの部屋にまだ「七浦元気」という客が留まっているかどうかを訊ねたところで、不審がられて終わりだろうと何も訊かずにここまで来てしまったが、もし別人が出てきたら部屋を間違えたと言って謝るつもりだ。
扉を開けたのは、元気だった。
「元気さん! 体調不良でお仕事休まれてるっていうのは」
「……宗太か」
目の前の彼からも、部屋の中からも、むっとアルコールの匂いがこちらまで漂ってくる。自棄酒っていうやつだろうか。
「あの、元気さん、酔ってます、か?」
「そんなのどうだっていいだろ。なんで来た」
「なんでって」
迷惑、だったかな。様子を見に来ただけのつもりだったけれど、邪魔になるようならすぐに帰った方がいいかもしれない。お酒に付き合える年齢じゃないし、酒に頼らないといけないような話はきっと、自分ではどうにもしてやれない感情面の問題で。
彼の都合も考えずに「来ちゃった」は、彼に愛される恋人だけに許された特権だ。お邪魔してすみません、と口をついて出そうになった時、彼の手がこちらの手首を掴んだ。部屋の中に引きずり込まれ、床に押し倒される。
「もとき、さん」
「逃げねえと、……食うぞ」
覆いかぶさってきた彼によって、荒っぽく唇を重ねられる。久しぶりのキスよりも元気の豹変ぶりに驚いていると、彼が制服の上から体を撫で始めた。ボタンが外され、ブラウスの下に彼の指先が這う。
酔っているからだろうか。本職役者のわりに、無理強いを装おうとしているのがばればれだ。竹刀袋は部屋の入り口に鞄といっしょに放られてしまっている。本当に無体を働くつもりなら、体格差、力量差、どちらにしても彼に分があるのだから自分に逃げる術はない。なのに、頭の上で両腕の自由を奪っている彼の左手は明らかに手加減をしている。こんなの、たとえ女の子でも振り払える。
少しだけ、身代わりでもいいかなと思ってしまった自分がいる。彼がそれで満足するなら。それが慰めになるのなら。
けれど、そうするにはちょっと、彼の触れ方が優しすぎた。
どうせなら、もっと乱暴に扱ってくれればいいのに。これじゃ、自分が求められていると、勘違いしそうになる。
「……好きだ」
まるで、告解だ。赦しを乞うような愛の告白が、彼の吐息とともに耳たぶに触れた。吐息が、指先がやけに熱くて、うん熱い、いや熱すぎないかこれ。
「元気さん? ひょっとして、風邪気味ですか?」
触れてきた彼の手も、体も、妙に体温が高い。セックス中の体温は三十九度まで上昇するという話を耳に挟んだことはあるが、まだろくに突入もしていないのにいきなり体温が上がることはないだろう。飲酒で体温が上がっている可能性もあるけれど、どちらにせよ疑わしいなら無茶はさせないに限る。
「すみません元気さん、ちょっと痛いと思います」
一応前置いてから、彼の額に思いっきり頭突きを食らわせた。
酔いだか体調不良だかでもともとふらついていた彼は、そのまま体の上に倒れ込んだ。ぴくりとも動かない。
「今のは正当防衛なので、「一発」にはカウントはしなくて大丈夫です。寝てください。お酒の勢いに任せて行動したら、後悔する、と、思うので」
聞こえてないだろうな。まあ、学生には実際のお酒の勢いっていうのがどんなもんかは分からないんだけど。
そして風邪を引いているなら、こちらも同じく酒は飲めないので分からないが、風邪っぴきにアルコールはいかにも相性がよろしくなさそうである。
酔って動きの鈍った元気さんなんて、それも本気じゃない力加減で、それは、最後の理性で、逃げろって言ってるようなもので。そんなのの相手、どうってことない。
誰かさんの身代わりでも、別に構わないけれど、目が覚めたら彼自身がきっとあとで、めちゃくちゃ落ち込むだろうから。
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