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第17話

 元気をベッドの上に寝かせ、部活後のクールダウン用に鞄に入れていた冷却シートを彼の額に貼って、部屋中に散らかった酒の空瓶や缶などを片付けてまわる。  部屋のかんたんな掃除を終え、それから、目を覚ました時に体調不良でも食べられそうなものを何か買ってこようとしたところでベッドの上に転がっていた元気が唸った。意識が戻ったようだ。 「大丈夫ですか?」  彼を頭突きで昏倒させた張本人である自分がそれを尋ねるのもいかがなものかと思わなくもない。元気はのそのそとその場に半身を起こして、宗太、と呟いた。 「風邪気味ですよね。病院は?」 「行ってねえ。風邪ひいたことねーからわかんなかった」  うん、なんとなくそんな感じはしてました。 「とりあえず、痛み止めの市販の錠剤なら持ってるんで、それ飲んでてください」  さきほど本人抜きで薬を勝手に買いに行くのもどうか、と思案していた時にふと、先日怪我をした際に部活のマネージャーにもらったものの余りが鞄にあったことを思い出した。詳しい理由は教えてくれなかったが、女の子は痛み止めを持ち歩いている子も少なくないらしい。  たいていの鎮痛剤は解熱にも使えるものである。一回分しか持っていないので、とりあえず飲ませたら病院か、ドラッグストアにでも連れて行ったほうがいいだろう。  錠剤を受け取った彼に、次いで水を差し出す。彼の額で剥がれかけた冷却シートの端をおさえてやると、元気がこちらの首筋を見て目を見開いた。 「宗太、それ」 「え?」  元気の指した先を辿って、自分の首元に触れてみる。ぬるりとした感触で、出血しているらしいことを悟った。でも、なんで今こんなところに。少しだけ考えて、原因と思しきものに見当がついた。  押し倒されたときに、転がってたアルコール缶あたりで怪我をしたのかもしれない。首に切り傷ができていたことに気付かなかったほど小さい傷口からは、放置されて若干固まりかけた血が流れている。うわ、制服の襟汚れてそう。洗って落とせるかな。 「おまえこそ、今すぐ病院……!」  かけられていた布団を払いのけ、彼が慌ててベッドから降りる。案の定体調不良で絶賛不調中の彼は足元が覚束ない。よろけた元気をベッドに押し戻した。  なぜそうまで動揺しているのかは分からないが、ひょっとして制服についた血痕が大怪我したみたいに見えるのだろうか。 「ああ、すみません。さっき床に転がった時に何かで切っちゃったんでしょうけどこれくらい別に……洗って絆創膏貼っとけば大丈夫ですよ」  言ったはいいが、冷却シートに鎮痛剤まで鞄に揃っておきながら、絆創膏は所持していない。もう血も止まりかけているようだし、このまま放置でいいような気もする。 「悪い。俺のせいだ」 「そんな、大袈裟な」  口ぶりがなんだか手足の一、二本でももげてしまったかのような深刻さである。  頚動脈切ったわけでもないし。切ったところで致命傷になるにはもう二センチほど深い傷が必要だろう。空き缶だか何だかの鋭利な部分だけでそんな深さの傷を作るのは無理だ。  痛みも気付かず放置していたくらいで、血もほぼ止まっている。ちょっと薄皮一枚裂けた程度でひどい混乱ぶりだと思う。 「二週間、ずっと、こんなかんじだったんですか」 「……ああ」 「ネットとかは、見てましたか? 公式で発表されてましたね。アルカグリーン役の福島翔さん」 「そうだな」  福島翔の方は、ツイッター公式アカウントも自分で動かしている。仲直りできたならきっと一緒に食事でもしているツイートが流れてくるだろうと毎日チェックしていたのに、七星元気に関するツイートは報告ツイートの補足で呟かれた一件だけだった。  上がっていた報告の内容としては、以前誠一が噂話として教えてくれた件とほぼ一致するものだ。声帯摘出手術のため声を出せなくなり、業界を去るだろうこと。現在は印刷物・出版系の仕事など、声を使うことのない仕事のみ受けている状態で、今後は引退から実家で経営されている企業エフ・コーポレーションを継ぐだろうこと。最後に、声を出す必要のない役柄でのドラマ出演を引き受けて、それで引退する予定であること。特撮好きの間では結構な話題になったが、だからといってメインの経歴に戦隊のグリーン役以外でこれといって大役の存在しない福島の引退は、世間的にはトレンド入りしたりニュースになったりするほどの大事としては扱われなかった。  まだ、志半ばの人なのだ。 「俺さ」  元気が、腰掛けたベッドでシーツを握り締める。 「実はショウとは、一緒に住んでたんだ。ぼろアパートに二人で」 「……そうですか」

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