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第3話

 ベッドで一回、浴室で一回、またベッドに戻ってきて一回、相手の都合は丸無視でさんざんやりまくって爆睡してやった。  飛んでいた意識が戻ってきたころ、青白いデジタル時計は〇時を表示していた。この時間だと――。 「……あー、やっぱ置いてかれた」  おっさんシンデレラかよ。あくびを噛み締めることもせず、隣に誰もいなくなった空っぽのベッドを抜け出した。どうやらかんたんに後処理はしていってくれたみたいだが、もう一回シャワー浴びよう。  買ってきた酒は松本が持って帰ったかと思いきや、備え付けの冷蔵庫にきちんと入れられていた。良い感じに冷えてる。一人で飲む気にはなれなかったので、いっそ持ってってもらった方がよかったのだけれど。  松本には一緒に住んでいる女の子がいる。といっても小学生で、特別な関係というわけではない。親子というわけでもない、らしい。詳しく話を聞いたことはないが、プリンセスはちょっと前に事故死した姉の子供なのだそうだ。将来有望そうな整った顔立ちに愛くるしい表情を見せる子で、彼が親バカ――もとい、溺愛するのも頷ける。  そんなわけで、夜に呼び出すとあまり遅くなりすぎないうちに彼は帰っていってしまう。小さい女の子ひとり家に留守番させてたらそうなるだろう。自分でも分かる。だったらなんで無関係の自分からの呼び出しに応じたりするんだと思わないでもないが、来てくれるのは嬉しいのでそのへんの事情に首を突っ込んだことはない。  充電器に繋げていたスマホを手に取る。松本から、勝手に帰っちゃってごめんね、またね、とメッセージが入っていた。またねって。こういう関係で次に会う話をするのはいかがなものか。真面目な彼は、セフレなんて無縁の世界で生きてきたんだろうと思う。風俗くらいは行くのかもしれないけれど、プリンセスがいる限りは特定の相手を作る予定もないと話していたことを思い出す。  でも、そうだ。そういうとこだよ。そういうのが、なんかいい。  いつだって火種になるのは些細なことで、そのちいさな火が欲情へ育つのか、愛へ育つのか、はたまた友情か憎しみかは知らない。ひとがひとへ抱く感情というものは、根幹はいつも同じだ。  執着も、憎悪も、ベクトルが違うだけですべては関心から生まれる。そう考えると、掃除にも料理にも消臭にも使える主婦の味方・重曹さんの仲間のような気もしてくる。そんな具体的な形のないものによく二十年も執着していられたものだ。自分の二十年間を、軽んじるつもりはないけれど。 ----------  もともと、親はこの日本で道山会というある程度の規模を持ったいわゆるやくざの組長だった。抗争なんて日常的に行われていて、親も自分も、日本人の平均寿命よりも早死にするだろうことは幼いながらに織り込み済みだった。  親が殺されたのは、二十年前、日曜日の夕方のことだった。部下の裏切りによるものだ。今思えば、そんな職に就いておきながら裏切りに気付けなかった両親も悪い。だから、単純に親が死んだだけであれば、これほどまで長く怨恨を抱えてはいられなかっただろう。  自分には、兄貴分がいた。血のつながりこそないものの、ずっと一緒だったひとだ。ずっと、と言っても一緒に暮らしたのは年数で言えば一年かそこらで、少しの間うちで預かっていた期間以外は、たまに遊びに来てくれる大学生のお兄ちゃんという認識だった。  矢野俊樹。綺麗な人だった。彼の親が借金で蒸発してからうちに住むことになったと聞いて、飛び上がって喜ぶくらいには、自分は彼に執着していた。  両親の死んだ日はちょうど兄に連れられて遊びに出かけていたところだったから、自分は騒動に巻き込まれなかった、ということになっている。実際は遊びに出かけていたつもりはなく、その日もやっぱり飲み歩いていた兄を迎えに行っていたのだけれど。  あの頃、自分は年齢のわりにませていて、よく酔ってふにゃふにゃになる兄をバーまで迎えに行って、タクシーを呼んで連れて帰るのが自分の役目だと自負していた。 「誠一、今日も迎えにきてくれたんだ」 「兄ちゃん酒飲みだから、おれが来ないとだめだろ」 「うん。……俺は、一人じゃだめだ」  ふわふわした酩酊の中で、俊樹はカウンターに頬をつけてうごうごと唸った。なにを言っているのか気になって、椅子によじ登って目線を合わせる。声にならない言葉が、彼の唇に紡がれていた。  結局、彼がなにを話したのか、自分には理解できなかった。唇の動きからして日本語じゃないことは確かだったけれど、英語すらその当時の自分には理解の範疇にはなくて、しばらくの間、その聞こえない音はただの映像でしかなかった。

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