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第7話

 時刻は午後十三時半を回ったところ。学生は昼休みを終えたところだろうが、サービス業の社会人さんがちらほら昼食を取り始める時間帯だ。  そんな時間に、自分はセフレの自宅に上がり込んで昼食を作っている。パスタを茹でながら傍らでポトフをコトコトさせていたりすると、何やってんだろ俺、と思わなくもなかったが、言い出したのは自分である。女の子の家にお邪魔してキッチン借りてもだいたい同じ状況になるのだから、もう割り切ってしまった方がいい気がしてきた。手料理振る舞えるのは可愛い女の子じゃなくて目の前でそわそわうろうろしているおっさんだし、食わせたところで返されるのは女の子の嬉しそうな笑顔ではなくおっさんの評価なわけだけど。  カッテージチーズとトマト、そのほか調味料を混ぜて、茹で上がったパスタと和える。かいわれをちょこっと添えれば、女子ウケする料理として王道中の王道、チーズスパゲッティの完成である。食うの男二人だけど。 「いいのかこれで……」 「どうかしたの? 作り方覚束ない感じでもなさそうだったけど、レシピど忘れしちゃったとか?」 「それはない。てかまっさん邪魔、今回は手伝わせる気ねえから座ってろ」  きっぱり言い放って、落ち着かない様子の松本を黙らせる。大人しく命令に従って彼がようやく食卓に着いた。  ポトフの盛りつけまで終わらせて、パスタ皿と一緒に食卓まで運ぶ。うん、いいんだよこれで。自分がまともなの食べたかっただけだし。 「うわ、あゆが好きそう。すごいおしゃれできれい」 「だろ」  すごいねえ、と彼が声を上げる。喜色満面、フォークを手に取ってパスタを啜る目の前の髭顔を眺める。 「あああしかもちゃんとおいしいすごい」  まあいっか。これはこれで。おっさんの反応にひとまず満足して、自分も食事にありつくことにする。 「プリンセスも女の子だからな。こういうの作ってやったら喜ぶだろ」 「ねえ誠一くんこれ作り方教えて。ベーコンとトマトとかいわれだいこんと……?」 「あー、オリーブオイルおすすめ。今食ってるやつにはにんにくも入れてるけど、この後出かける予定とかあると女の子は嫌がるかもな」 「な、なるほど……? ああ、やっぱりこれ女の子に作ってあげる料理レパートリーなんだ」 「まあな。いつもここ、まっさんが飯作ってんの」  いかにも男料理しか作らなさそうな見た目をしている。得意料理は火力と腕力で豪快に仕上げるパラパラごはんのチャーハンだよって言いそうな。しかし、小学生の女の子と二人暮らしというなら、意外と和食一式作れたりするのかもしれない。豚汁作ってたりしたらそれはそれで似合いそうである。  そんな勝手な先入観で訊ねてみた食事中の雑談で、彼が気まずそうに視線を泳がせた。 「そうだけど、あゆには不評で……結局コンビニとか、スーパーのお総菜とかで誤魔化すことが多いかなあ」 「不評って、どんなの作ってんだよ。三食チャーハンとか?」 「うーん、普通のごはんのつもりなんだけど。あらびきウインナー焼いたらぐにゃぐにゃしてて噛みきれないとか、ポテサラ作ったらべちょべちょで味がしないとか言われる」  チャーハンどころの話ではなかったようだ。話しながらいつの間に完食していたのか、ごちそうさま、と松本が律儀に手を合わせる。 「典型的なメシマズじゃん……」 「洗い物僕がやるよ」 「使った調理器具は作りながら洗ってるからあとは今使った食器だけだぜ」 「ひええ、料理が上手い人はそのへんの手際もいいんだなあ……」  シンクを覗いて、ほんとだ、と彼がパスタに驚いた時と同じ声を上げる。この程度のことでだ。普段の食事情が伺える様子である。 「あ、でも袋麺砕いてご飯と一緒に煮るやつとかは比較的うまくいく」 「……それは美味いっちゃ美味いだろうけど、プリンセスにそればっかりはちょっとどうよ」  まともに作れる食べ物を挙げて気を持ち直したかに思われた松本が、こちらのツッコミで再度肩を落とす。 「ほんとはあゆの好きなハンバーグ作ってあげたいんだけどね。今朝も、あゆに夕ご飯ハンバーグ作ろうかって言ったら、「おいちゃんが作るとお肉が可哀想だから普通に焼き肉にして」って言われちゃって」 「ひっでえ」 「あゆは良い子だよ?」 「じゃなくてまっさんの腕が」 「うう……」  確かに、肉焼くだけなら油を引く時と焼き加減にだけ注視していれば少なくとも食べられるものは仕上がる。美味いかどうかはともかくとして。食事を作る松本の横で焼き加減を自分で見張っていようというプリンセスの涙ぐましい努力が推察されて、だんだん肉も彼女も可哀想になってきた。  自分の分をやっと平らげてシンクに下げる。使った食器を洗い始めていた松本が、どうぞー、とこちらの皿を奪い取った。 「なあ、ハンバーグだっけ? 俺作ろうか」 「え?」 「冷蔵庫見たけど、材料一通りあるじゃん。最初はハンバーグ作るつもりでいたんだろ」 「い、いいの」 「安心しろ、晩飯時に作って食卓まで出したら邪魔者は帰るから」  セフレを大事な娘さんとそう何度も会わせたいものじゃないだろう。そんな感覚でぽろっと口にした軽い台詞に、彼が首を振った。 「僕は」  泡を落とす役目を終えた水道が、彼の手によってきゅっと締められる。 「君を邪魔だなんて思ったことない」  基本的に、松本は善人だ。自分とは対極の位置に存在する人種で、性格だけで言うならちょっと苦手な部類に入る。だから、適切でない言葉を返してしまうと、こうやってすぐにお説教モードに移ろうとするのである。  ここで下手なこと言うと完全にめんどくさい方向にシフトチェンジする。少し考えて、ちょっとはにかんだふざけ顔を用意した。 「そ……っか、へへ、まっさーん急にデレられたら照れるじゃん」 「今のダジャレ?」 「ちげーよ生き生きすんな」  話題はあっさり逸れていく。  ほんとのとこは、彼のお説教モードも別に嫌いではない。この歳にもなると、自分のことを本気で考えて叱ってくれる人間なんてそうそういない。親兄弟がいれば話は別だろうが、それにあたる人たちは皆とっくに遠い存在だ。だからというわけでもないが。正論を振りかざして窘めてくるタイプの人間は、嫌いだったはずなんだけど。

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