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第10話
「唐突すぎるんだよ」
……とは友人の苦言だ。ラブホへのお誘いを断るダシにされた宗太は、そんな事情を知ってか知らずか生乾きの濡れ髪のまま近くのファミレスまで呼び出されて不機嫌そうである。風呂上がりの大好きな特撮タイムを邪魔されたのが不機嫌の理由だったようだ。
「ごめんて。もちろんここは奢るし」
「いいよ。それより、ヒロマ千五百円」
「送料は?」
「俺アマプラ入ってるからいらない」
「そういうわけにもいかねえだろ。じゃ今月分のアマプラ月額料金も上乗せで」
「アマプラの目的はナナハンの独占配信だよ。送料無料は副産物だから別にいらない」
「とっとけって。どうせ数百円じゃん、固辞すんなよ、小銭数えんのも面倒だし」
二人掛けの席の向かいで季刊雑誌を渡してきた宗太に、ざっくり合計二千円を押しつける。ちょうどそのタイミングで、注文した飲み物が運ばれてきた。
「宗太くんごはんは?」
「食べてきた。何時だと思ってるんだよ、父さんに言い訳するの大変だったんだからな」
「アッハイすんません。二十一時ですね……」
考えてみればギリギリ高校生なんだよなこの子。近場だからついでにヒロマ取りに行こうくらいの軽い気持ちで呼び出したけどまずったか。ちょっと前はこの時間帯にちょくちょく呼び出してたけど。
「いいよ、部活の先輩に呼ばれたって言って出てきたから。誠一は?」
「俺も食ってきた。あれ食う? ミルクレープ」
提案したのは彼の恋人がハマっているメニューだ。デートのたびにしょっちゅうここに足を運んでは、イチゴシロップのかかったミルクレープをうまそうに頬張るのだと聞いている。
「あの人とじゃないと食べる気しないし」
だろうな。宗太くん甘いものあんま好きじゃないもんな。なんとなくのろけられた気分を味わいつつ、オーダーが飲み物だけなのも申し訳ないのでとりあえずフライドポテトを一皿頼んだ。話しながらのつまみにしようと思う。
「最近見かけなかったから、誠一がどこかで野垂れ死んでないか気になってたよ。これでも」
「悪い悪い、ちょっと本業が山場でさ」
「何十股もかけた女の子たちに刺されまくって死体山に埋められでもしたかと思った」
「こわい! 相変わらず発想がこわい!」
思えば、こうして会って話すのも宗太の恋人騒動以来だ。あれから兄の件に進展があって、女の子たちや友人関係については二ヶ月近く放置だった。やっとHP、MPともに回復しきったら今度は松本と親しくなって、今はあちらに傾倒してしまっている。いっそ清々しいほどの依存体質だなと思う。反面、本当に依存できているのか不安になることもあるのだが。
「……誠一」
「ん? どした宗太くん」
「最近、何か変わったことあった? その、山場がどうとかって話とはまた別で」
変わったことっていうかこの人生の一大イベントだったんだけどなその“山場”は。それ以外と言われてしまうと、松本の件くらいしか思いつかない。
「あったような、なかったような……それがどうかしたか?」
「今の――その顔、いいと思う」
ちゅう、と宗太がコーヒーをストローで吸う。ミルクで濁らせてすらいないブラックコーヒーだが、彼はこういう場所に行くといつも決まってコーヒーだ。高校生なんだから、もっと炭酸ジュースとかチョイスしてもいいだろうに。
「いまのって……どんなだよ。俺の顔はいつも通りイケメンだろ?」
普段ならここで、汚物を見るような目で「はあ?」と聞き返される。それからこちらが「宗太くんつめたい」と笑って終わる。それで終わるはずの会話の流れだった。
「いや……可愛いよ。俺が誠一見てきた限りでは、今までで、一番」
「仕返しか?」
宗太が今の恋人に片思いしている間、暇つぶしに恋愛相談に乗っては「宗太くん可愛い」を彼に連呼していた自分を思い出した。苦虫を噛み潰すも、彼はけろりとした顔で首を傾げる。
「本音に、若干それも込みで」
「宗太くーん? お兄ちゃん理解が追いつかないんだけど」
「恋の魔法って、当事者はなかなか気付かないもんだね」
もう少しかみ砕いて説明して欲しいところだったが、年下の友人は気にしたようすもなく涼しげにコーヒーを啜るだけだった。
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