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第12話

 何ヶ月振りかのスパイのまねごとは、相手が相手なだけに心を踊らせた。  松本は何の疑いもなくこちらの誘いに乗り、ちょうどあゆが朝から出かけて暇だったんだよねえ、となんとなく嬉しそうだ。うん、そのへんの事情はもう知ってる。 「へえ、じゃあプリンセスは今日何時帰り? 迎えに行かなきゃだろ」 「お友達のところで花火してくるって。帰りはそこの親御さんが送ってくれるみたい」 「ふうん」 「バス乗ってどこか行きばすー?」 「え、車あんのに?」 「今の、今のギャグだから。反応して、お願いだから」  先日のバス停を通り過ぎて、おんぼろ軽自動車が時速四十七キロに進んでいく。デートしよ、と言ったのではなく、あくまでもこちらが「映画と買い物につきあって」と誘った形だ。映画館の併設されたショッピングモールまで足をのばして、フィギュアショップと映画を予定している。 「えっと、なんだっけ? スーパーヒーロー合戦っていう映画?」 「入場特典がランダムでさ、コンプしたいって友達に頼まれてんの。そいつに請求するからまっさんは映画代いらないぜ」 「うち女の子だから、特撮ってあんまり縁がなかったんだよねえ」 「あー、日曜の朝も放送枠的には特撮の次からだもんな。逆だとうっかり一緒に見ちまうって話はわりと聞くけど」 「ぷいきゅあ」 「ぷいきゅあ……」  前方を注視したままで、二人して笑い出す。しっかりしているように見えるあゆみちゃんも、まだそのへんの肉弾戦ヒロインが好きな年頃なのだ。 「あ、でも今度から放送枠変わるらしいぜ」 「そうなの? 結構昔からずっと特撮のあとヒロインアニメだったよね?」 「だな。放送枠変わるのもう二十年振りだってよ」 「えっ、てことは、九十七年は違ったの?」 「戦隊が金曜の夕方枠だった」 「あああそうだったかも……! そうだよ、僕見てたの夕方だったよ!」 「いや、たぶんまっさんのころは土曜の夕方だろ。俺の頃が金曜」 「長く続いてるんだねえ……」  もう四十年以上続いているシリーズなのだからそりゃそうだろう。単車の方はちまちま放送途切れたりしていたが、戦隊オタクの宗太情報によると、戦隊は歴代で一回しか途切れていないと聞いている。 「今から見る映画、四十作品全部出るぜ。懐かしのヒーローがいつ画面に映ってるか探すのもおもしろいかも」 「よ、四十……? あれ、一作品あたり五人とか六人とかいないっけ? それが四十……?」 「一作品で十人超えの大所帯だった年もあるって。なんか事前情報によると、もうすっげーわっちゃわっちゃして時代劇の合戦場みたくなってるらしい。ヒーローたちが」 「ひええ、なにそれ面白そうすぎる……でもそんなごちゃっとしてて、僕の知ってる戦隊見つけられるかなあ」 「大丈夫、少なくとも三回は見ることになる」  ランダム入場特典が五種類あって、宗太は自力で三種類までは揃えたようだが残りの二種類プラスアルファでお気に入りの戦隊だけは二セット欲しいのだという。入場特典の種類からしても、二人で六回分は見積もった方がいいだろう。  ちなみに、映画代は本当に宗太に請求するつもりはない。そろそろ彼の誕生日が近いので、誕生日プレゼントにサプライズする予定だ。  だからといってそこを正直に話してしまうと、つきあってもらっているのはこちらだというのに、きっと松本は自分で出すと言う。そこはもう賭けてもいい。というわけで、後日友人にまとめて請求するつもりだということにしておく。 「一番近い上映で一時間後だな。先にフィギュアショップ見とくか」 「フィギュアは何買うの?」 「友達の誕プレ」  こちらもまた半分嘘だ。誕生日に渡す計画であることに間違いはないが、どちらかというと嫌がらせになるだろうと思っている。  カップルなりたての誕生日といえば、恋人と過ごすに決まっている。そして、宗太の恋人は特撮関係者だ。そこに本人が関わっているシリーズのフィギュアをそれと分かる形でプレゼントすれば少なく見積もっても彼は憤死する。今なお重度の特撮オタクであることを隠している様子なので、それをどう言い訳するのか観察してやるのも一興だ。 「誠一くんすごい意地悪そうな顔」 「分かる? 誕生日プレゼントにサプライズしかけようと思って」 「なんだかよく分からないけど、ほどほどにね……」  不穏な様子を感じ取ったのか、運転席の松本がやんわり口にした。 「ところでまっさん、いっつもそのブルゾンだけど、他に服ねえの?」 「え? ああ、これね……僕高卒で就職して、そのあとずっと営業職でスーツだったからあんまり……」 「はあ、どういうの買えばいいかわかんねーって感じか」  お恥ずかしながら。ショッピングモールの駐車場に車を停めて、運転席から降りた彼がうなだれる。……あんたのスーツ姿、結構かっこよかったけどな。言葉には出さない。 「保護者同士の集まりとかも全部避けられるわけじゃないし、まともな服がひとつふたつあってもいいのは分かるんだけどね。最近は授業参観だって、スーツだと目立つし」  あゆもだっさいおじさんが授業参観に来たら恥ずかしいだろうなって思うんだけど。 「だったらまっさん、フィギュア見る前に、服見とく?」

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