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第15話

 結局、物欲センサーはしっかり発動してしまったようで、結局当初の予定通り三回見ることになった。物欲センサー回避失敗。三回目で目当ての七星元気が出てくれてよかった。ていうか本人と知り合いなんだから本人に言えばいいだろうに。宗太から頼まれたわけでもない入場特典のコンプリートプラスアルファをしっかりおさえつつ言えた話ではないので、いらないことは言わないに限る。  外はすっかり日が落ちてしまっていた。 「楽しかった……けど、三回はちょっと見すぎだったね」 「だな……頭ん中まだ特殊撮影の爆音がぐるぐるしてるわ俺」  映画館外の自販機でコンポタを二つ購入して、片方を松本に投げ渡す。ありがと、と、松本が缶を軽く振って飲み始めた。ベンチに腰掛ける。 「てか劇場内ちょっと暑くなかったか? 外出ると寒いけど」 「確かに。空調壊れてたのかな」 「もしくはエコ活動と称して堂々ケチってるか。空気もこもってたしな」 「身も蓋もない……」  他愛のない雑談が途切れて、車のエンジン音だけがたまに通り過ぎていく夜闇の中。手持ちぶさたにコンポタを啜っていたせいか、思ったよりも早くなくなってしまった。 「あー、底にコーンが」 「コーンが出てこーん、って感じ? それねえ、最初に振った後も缶回しながら飲むんだよ」 「コツ知ってんなら早く教えてくれよ……んー、まあいいや」  無理に救助しようとしたら指やら舌やら飲み口で怪我をしそうだ。奥の方に固まってしまっているコーンについては諦めて、ポケットから煙草を取り出した。 「まっさん、一本いる?」 「禁煙中なの知ってるくせに……」 「すげえ、鉄の意思。プリンセスのいないとこでも徹底して吸わないのな。でもこれ好きだろ?」 「へ? なんで知ってるの」  彼の目の前まで掲げて見せたのはJT謹製のレギュラーな銘柄だ。確率論の話、と言ってしまってもよかったが、やはり覚えていない様子の彼をなんとなく困らせたくなってくる。 「クイズ。俺とまっさんが初めて会ったのはいつどこでしょう」 「駅から徒歩五分くらいのHUB……の店先だよね。君が酔って道端で寝てた」 「ぶっぶー。今の関係が始まったのはそっからだけど、初めては別」 「違うの? あれ、ごめん、僕何か忘れてる?」 「俺にこの味覚えさせたの、あんただろ」  彼があまりに申し訳なさそうに頭を掻くので、パッケージの角で彼の下唇をつついてやった。しばしの沈黙から、松本が記憶をたどってくる。 「……ひょっとして君、しばらくイタリアにいた?」 「おう。本業の関係で、あっちが活動拠点な人たちと一緒に行動したりもしてたしな。期間的にはロスの方が長かったけど」 「え、あれ、君いま二十七じゃ」 「そうだぜ」 「僕! 前の会社でイタリアに出張してたの、……十年くらい前、なんだけ、ど」 「だな。正確には、俺が十九の時だ」 「みっ、未成年!」  彼が声を上げてその場に立ち上がった。やめろよその反応じゃ今未成年みたいに聞こえるだろ。 「あっちじゃ十九はとっくにタバコOKなんだって。日本人も旅行中はあっちの法律優先なんだぜ」 「じゃなくて……ああ……僕は……なんてこと」 「ああ、あっちの方? 別に初めてじゃなかったし、気にすんなよ」  高校を出て、海外に出た時のことだ。あちらで鳴上を追うための力と伝手をものにしておきたくて、海外留学と称して外の世界で暮らしていた時期があった。  あちらでは、喫煙スペースでタバコを恵んでもらう若者というのがわりかし多い。特に日本人には断られにくいということで、もらうなら日本人……それも旅行者然とした、外国語の不得意そうなやつ探せ、というのが常識になるほどである。  先輩に倣って声をかけてみた相手が彼だった。そして意外に流暢なイタリア語が返ってきて驚いたものだ。  話せたからといって断られるかどうかとはまた別問題で、松本は気前よくパッケージから一本差し出してくれた。  しばらく故郷の話で盛り上がって、それからなんとなくその場のノリでホテルに行った。かれこれ十年近く昔の話だが、やることが今とほぼ変わっていない。 「――あれからずっと、このタバコのにおいであんたを思い出してんだ」 「そ……の節は、たいへん、失礼いたしまして……」  あの日と同じに、ライターで火をつける。相手が嫌煙家ならともかく、禁煙中の人間が隣にいようが知ったこっちゃない。 「海外旅行ってなんか気大きくなったりするよな。A man away from home need feel no shame.旅の恥は掻き捨て、だろ」 「そう言うなら捨てさせてよ……」 「悪い悪い、持ってきちまった」  音としての声とは違って、香りはいつまでも記憶に残る。顔はよく覚えていたが、だからこそ再会した彼からあのにおいが一切しなくなっていたのには少し違和感さえ覚えるほどだった。 「な、だから一本くらいよくね? もう一回だけ」 「ヤメテッ! 誘惑しないで!」 「わはは」  誘惑ね。 「じゃ、こういうのは?」  隣で騒ぐ彼の肩に身を寄せて、吸い込んだ煙をふうっと吹きかける。 「……別の意味に捉えそうになるんだけど」 「案外そっちだったりして」 「案の定、の間違いでしょ……」

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