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第16話※

 明かりを落としたほの暗いホテルの一室で、松本と最早何度目かのカウントを放棄した行為に耽っている。映画のあとはずいぶん性急で、自分が誘ったからというよりは、最初から松本の方もその心づもりでいたから誘いに乗った、という印象だった。  ずぶずぶと体の奥を抉られ、穿たれるたびに吐息が漏れる。長さのある彼のそれで、薄い尻肉に恥骨が当たるほど最奥まで侵食されるのがたまらなく好きだ。  自分もたいがいまともじゃない人生を送ってきたと思うが、ほとんど事情を伺ったことのない中で推測できる部分だけでも、彼も結構な波瀾万丈だったように見える。  高卒で就職、姉が結婚して子供作って、そのあと姉もその配偶者と一緒に死んで、子供を引き取って。職場を変えて。未婚なのにバツイチみたいな状況にめげることなく仕事と子育てに励んでいたら、道ばたで男に捕まってあっという間にセフレにされている。  身なりを整えたら結構モテそうな感じになったのに、今までそうしてこなかったのは姉の子供を一番に思っているから、なんだろう。  だったらたとえば、あのメッセージ履歴で見た山岸さんとやらが彼を憎からず思っていたとして、それに彼が気付いたら。似た境遇の男女が手を取って一緒に生きていくのなんて、きっと容易い。  あんまり普通の家庭っぽい思い出ってないけど。ないけどたぶん松本が作るそれは、優しい春の日差しみたいな家族だろうなと思う。 「う、あ……!」  自分の中におさまっていたものがぎりぎりまで抜けて、今度は一気に貫かれた。前立腺だけでなく奥でも感じられるように後ろを開発したのが何歳くらいの頃だったか、ちょっと思い出せない。  小さな女の子二人の将来を案じて気を揉む松本。早くから心配しすぎ、と彼に苦笑する女性。そんな彼らの心情を気にもとめない娘たちが、両親に手を繋いでもらって、休日はヒロインアニメの映画を見に行ったり、ファミレスで安いお子さまランチを食べたりする。  届かなくなった普通。届かない理想の世界。その中心には、彼が笑っている。髪の毛が薄くなったりしてないか、子供に嫌われるような体臭を放っていないか地味に気にしながらも。  あんたが好きだ。  なんでこう、難易度の高い恋愛ばっかしたがるかな俺は。さすがにここは、自覚したらだめなやつだろ。  やばい。今すごく、羨ましいって思っちまった。山岸さんの方を。 「……誠一くん? 平気?」 「ん……平、気、……もっと」  嘘だ。ちゃんと平気っぽく振る舞えたか分からない稚拙な嘘を、彼は見逃してくれただろうか。  セックスはできる。一緒に買い物に行くくらいならできる。飯は作れる。でも、だからなんだ。自分と違って、前を向いて綺麗に生きているあのプリンセスに、男二人の“ふつうじゃない”家庭を味わわせるなんて、あり得ない。  こちらの言葉をうけて、叩きつけられるような激しい抽挿に変わる。繕えない素の声がひっきりなしに上がって、まともに言葉を紡げなくなったことに心中で安堵した。  今、熱に浮かされて、妙なことを口走らないとは限らなかったから。

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