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第18話

 シャワーを浴びて部屋に戻ると、スマホが鳴りっぱなしになっていた。このタイミングでかかってくるってまっさん何か忘れ物か、とスマホを手にとってみる。連絡してきたのは彼ではなく、先ほどメッセージを送っておいたばかりの宗太だった。  なんの疑いもなく彼だと思ってしまった自分に笑いがこみ上げてくる。 「宗太くんごめんごめん、今シャワってた」 「ああ、そう。何かあったかと思ったけど、何もないならいいよ」 「何かって、いや用はあるぜ? 宗太くんの来月の予定」 「それはあとでスケジューラーアプリのスクショ送る。LINEいつもより絵文字顔文字がメッセージに飛び交ってたから、別人がメッセージ打ったのかと思って気になった」 「あれ、そうだっけ? 意識してなかったわ、ごめんな」  宗太の言う通りならば、メッセージを書き込むのに時間をかけたかった心理が働いた結果だろう。そんなことで問題を先送りにできるはずがなくて、むしろそのあと早く帰れと急かしたのは自分だ。  心配してくれたのは嬉しいが、彼の場合は「女の子に刺されて死んだんじゃないかと心配した」や「どっかで腹上死してないか気になって」だったりするので、今回も単純に死んでないかどうかの確認に過ぎないのだろう。自分の場合に限っては、彼の心配する方向はあながち間違ってはいない。 「……あんたの声聞いたら、それはそれで気にならなくもないんだけど」 「んん? 宗太くんが俺に会いたいならお兄ちゃんいつでもウェルカムだぜ」 「いつもとテンション違うよね? 明るすぎる」  なんか、嫌なことがあったなら話聞くくらいはできるけど。アドバイスをしてやる側でしかなかった年下の友人に電話越しでそこまで言わせてしまうようでは、今の自分は本当にしょぼくれて見えるのかもしれない。  これは、迂闊に女の子たちに連絡を取って気を紛らわせようとするのもNGか。しばらくは一人で飲んだくれコースに戻る必要がありそうだ。 「どーしても寂しくなったらランチでもお願いしようかなー」  宗太くんの恋人がヤキモチ焼かない程度に。冗談っぽく付け加えて笑いで終わらせるつもりが、彼には通用しなかった。 「めんどくさいな、繕わなくていいよ。悲しいなら悲しいで良いだろ。泣きたければ泣けばいいし。あんたが泣いても、誰も困らないんだから」  この友人は、回りくどい駆け引きやはかりごとが嫌いなタイプだ。宗太も次からは大学生で、あっという間に就活シーズンがやってくる。絶対に営業職には向かないな、と思ってしまう性分である。  基本的に自分に対しては遠慮というものを知らず、お世辞も一切口にしないから、その分彼からの指摘内容はわりと正確だったりする。  そうだそれだ。俺今すごいめんどくさい感じだ。失恋のショックで塞ぎ込んでいる男なんてめんどくさい以外の何物でもない。自分がたった今失恋したばかりだということは彼は知らないはずだが、そんな雰囲気が声だけで伝わってしまうほど面倒なオーラを放っているんだろう。 「電話越しに泣かれてもそれはそれでめんどくさいから通話切ってからにしろよ。居た方がいいなら、会いに行くから」 「宗太くーん、優しいのか冷たいのかどっちかにしてくれ温度差激しすぎて風邪引きそう」  ベッドのデジタル時計が数字を進める。一九五九から、二〇〇〇に変わった。  二十時だ。あゆみちゃんはもう、帰ってきただろうか。  松本はいま、誰といるんだろう。 「何があったか訊いた方がいい?」 「たいした話じゃねえし、それはいい」 「そう」 「宗太くん今ひま?」 「忙しい時にあんたに構ったりしない」 「じゃ、なんか喋って」 「は? なにその突然の無茶振り。コミュ障によくそういうこと言えるね。あんたが喋りなよ聞いてやるから」  いつもはうるさいくらい勝手に一人で喋ってるくせに。壁に向かって喋ってろって思うくらい。  辛辣な返答でも、今は誰かの声を聞いていること自体が重要だ。どうやら宗太にはいま時間があるようで、そしてその時間を戦隊DVDに費やすのではなく自分に使ってやってもいいと珍しく思ってくれているらしい。素直に甘えてみることにする。 「こういう時よく思うんだけど宗太くん俺と例の恋人さんとでだいぶ扱い違うくない?」 「恋人と親友を同じ扱いするわけないじゃん」 「ですよねー……親友?」 「だと思ってたの俺だけ?」 「へええ、へえええ、そっかあ、宗太くん俺の親友かあ」  おおすごい。宗太くんがデレの出血大サービスだ。 「うわいきなり粘着質な声出すなよ納豆ボイス」  と思ったら次の瞬間冷ややかなツンに戻った。 「納豆……たまに謎の表現力発揮するよね宗太くん。どうなってんのか一回頭の中覗いてみたい」 「俺も誠一の頭の中見てみたいよ。女の子の情報ばっか詰まってそうだけど」 「違いない。何人目のガールフレンドか指定してくれればその子の好みの下着の色とバストサイズ一発で答えられるぜ」 「うわあ……」  宗太くん今絶対汚物を見るような目してるだろ。いいけどさ。その反応を期待して敢えて話題にした部分もあるし。 「まあ俺にはその解答が正解なのかどうか確認する手段ないし、興味もないけど」 「そうか? 宗太くんの見た目だったらわりとお姉さま方にウケそうな気が――」 「こういうくだらない話で、気は紛れるの?」  不意打ちで核心を突かれた。 「……どうかなあ」 「無駄なことはしたくない主義なんだけど」 「俺は無意味なことにハマる性質だから」 「無駄と無意味は違うだろ。自分が好きだと思うなら、それは一般的に無駄だったとしても、少なくとも自分にとって価値が無いわけじゃない。自分がそれを好きだって思ってやってる、やってられる間好きって気持ちでいられるなら、それでいいじゃん」 「オタク趣味とかな」 「一般的には不要なことだよね。俺にとっては重要だけど。誠一にだってあるだろ、そういうこと」 「そうかも」 「で、それは俺と無駄話し続けることじゃない」  今日はやけに心臓に悪い日だ。この一日で、寿命がめちゃくちゃ縮んでいる気がする。早死にしたら松本とこいつを恨むことにしようと思う。松本の方が先に死にそうだけど。 「話したいなら聞くよ。そうすることで、未明にうっかり死体が増えたりする可能性がなくなるならね」 「ねえ宗太くん実は俺に死んでほしいって思ってない?」 「俺が言うのもなんだけど、素直になりなよ。もう……えっとなんだっけ、例の、山場? とかいうのは、過ぎたんだろ。なのにあんたが前みたいに頻繁にウザ絡みしてこないってことは、ほかに構いたいあてができたってことだ」 「ごめん」 「責めてないし。俺を優先しろだなんて気持ち悪いことは言わないよ。……本気で好きになれる人、が、できてたんじゃないの」  痛い腹を探られている気分になる。無理やり特撮の話でもねじ込んで話題を変えようか、機会を伺おうと試みたが、切り崩せる隙が見つからない。 「魔法使いが恋の魔法にかけられたんだ。対処方法なんてほんとは自分でも分かってるだろ」 「……分かってるさ。分かってるけど、大人には色々事情があんの」 「年齢を言い訳にしないほうがいいよ。どうせ歳は食っていくしかできないんだから、今より若い時期なんてもう一生来ないよ」  そうこうしている間に自分でも呆れるレベルの低い弁明になってしまって、とうとうひとまわりも年下の高校生に諭される事態である。 「あんたはもう早く身を固めた方がいいんじゃない? 節操無しなふりで生きてくの、実は苦手だろ」 「さんきゅ。でも、そんなんじゃないから」 「その、「そんなんじゃない」関係は、つらくないの?」 「――うん」 「だったら、なんで泣きそうな声してんの」  これは自分でも分かった。今の肯定は明らかに弱々しい声で、もしも同じ声音で宗太が電話をかけてきたとしたら、自分は真っ先に宗太の恋人の不貞を疑うことだろう。  そんなんじゃない。松本とは、そうなってはいけない。守るべきもののある彼に、厄介者の自分が深入りするのは避けるべきだ。  もういっそ、電話口でこちらの言葉を待ってくれているこの年下の友人と恋ができればよかったのに。何もかも、今更だ。 「悪い、目から鼻水出そうだから切るわ」 「はいはい、イケメンは鼻からは出ないんだね。お大事に」 「また電話していい?」 「いつものウザ絡みテンションに戻ったらね」 「なんだよ、やっぱ嫌よ嫌よも好きのうちってやつじゃん」 「はよ切れ」  自分から切ればいいのに、こちらが満足して切るのを待ってくれているあたり、本当に良い子だなと思う。

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