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第20話

 昨晩夜遅くに松本宅へお邪魔したところ、やはりというかなんというか、プリンセスはとっくにおやすみになられていた。  この間冷凍しておいたハンバーグが大活躍したようで、冷蔵庫の中はすっかりきれいになってしまっている。ここでまた作り置きでもしてやれば、彼女がまた貧相な消し炭料理を口にしなければならない事態は回避できそうである。  まあ、それは今日の昼からでもやればいい話だ。特に話すような話題もないまま、松本と二人で深夜番組を視聴しながら肩を並べてうとうとしている間に夜は明けてしまっていた。わあほんとにセックスしなかった。  はっと我に返ってみれば、テレビ画面では宗太くんの大好きなカラフルヒーローが名乗りを上げている。名乗り場面ってことはもう後半じゃん。横を見遣れば、同じく松本も背後の壁に背中を預けて爆睡していた。おっさん、おっさん涎垂れてるぞ。  大口を開けて眠っている様子がだんだん可愛く見えてきて、ティッシュ箱を引き寄せて一枚取り、涎を拭ってやった。なんだこのそこはかとない介護感。そんな感想を抱いたことが彼に知られるとたいそう落ち込みそうなので、そっと胸に秘めておくことにする。  何をするでもなしに、そのまま次の単車ライダーまで視聴した。放送時間変更のお知らせがCM後にちょくちょく挟まる。放送枠の入れ替えは来月からのようだ。そんな時間ずらして、早朝はいったい何を放送するつもりなんだろう。スマホで簡単に検索してみると、どうやら来月から早朝の時間帯はニュース番組をやるらしい。少年漫画週刊誌原作の人気アニメと時間帯ガッツリ被ってんじゃん。裏番組になってしまったら、メインターゲット層である子供の視聴率をとるのは大変そうだ。なんかまたすぐ時間変更しそうな気がする。いっそ二十年前みたく夕方枠に戻ったりしねえかな。  番組間のCMが流れ始めた頃、プリンセスが目を覚ましてきた。 「あれ? 誠一お兄さん、いらっしゃい。あゆが寝てから、遊びに来てたの?」 「モーニン、プリンセス。そうだよ、お邪魔してまーす」 「もーにーん」  こちらの発音を真似て、あゆみちゃんが目を擦りながら復唱する。つけっぱなしのテレビで流れている単車ライダーのアーケードゲームCMを目にして、彼女は心配そうにこちらに視線を寄越した。 「ねえ、お兄さんが見てる番組、ぷいきゅあの前に終わる?」 「ちょうどこの番組のあとがそれだよ」 「よかった。お兄さん一緒に見よ」 「うん、でもその前に朝ごはん作ろうか。何食べたい? 冷蔵庫見た感じだったら、オムライスとか作れそうだけど重いかな。目玉焼きあたりにしとく?」  卵が買い込まれていたのは昨晩既に確認済みだ。あれを朝食に使うなら目玉焼き、卵焼き、ポーチドエッグ、オムレツ、ハムエッグトーストなどが候補に挙がるが、彼女の好みを考慮して先にオムライスを提案してみる。あゆみちゃんは諸手を挙げて喜んでくれた。 「オムライス! 重くないよ! 食べたい!」 「らじゃー」  CMからヒロインアニメのモノローグに移り変わる。オープニングテーマが流れてくるのを台所から聞いていると、オープニングアニメは見なくても問題ないのか、あゆみちゃんが台所へ入ってきた。 「誠一お兄さん、この間のお願いのことなんだけど」 「ああ、そうだね、この間のおいちゃんの好きな人の話かな。俺も調べてみたらやっぱり――」 「うん! あゆもね、もう一回おいちゃんに聞いてみたの。そしたらおいちゃんがね」  事実確認よりも先に伝えたいことがあるらしいプリンセスに、先に話を譲ることにした。途端、台所に大きい人影がぬっとやってくる。松本だ。 「おはよう。あーゆー? その話は内緒の約束でしょ?」 「おいちゃん、もーにーん!」 「も……もーにん? ああ、そういうこと言うの誠一くんだね」 「断言かよ。あ、そうだまっさん、朝飯あゆちゃんの希望でオムライスなんだけど、重いならまっさんはオムレツとか目玉焼きとかでもいいぜ。どうする?」 「僕もオムライス食べたい」  迷うことなく同じチョイスである。苦笑でもう一度、らじゃー、と受けておく。 「二人とも朝から元気だな」 「誠一くんは?」 「俺いつも朝はコーヒーだけだわ」 「そっちのが身体によくないよ、ちゃんと食べなよ」  そんなこと言われても。少し考えて、冷蔵庫に食パンが一枚袋に残った状態で放置されていたのを思い出した。  オープニングアニメ後のCMも終わったのを見て、あゆみちゃんが慌ててテレビの前まで戻っていく。 「ね、誠一くん、……あゆに何か聞いた?」 「いや、朝飯の話しかしてねえけど」 「じゃなくて、あゆも女の子だからさ、人の恋愛話とか気になるみたいで」 「ああ……あんたに好きな人がいるかもって話はしてたな」 「それが誰なのかっていうのは?」 「別に聞いてねえけど、だいたい予想はできてる」  言ってしまってから、そういえば自分は山岸さんを知る機会が一度もなかったことを思い出した。予想できてるなんて言ってしまって、さてどう理由をこじつけたものか。  彼が驚いた様子で、さっと耳を赤くした。 「え……そ、そんなに僕あからさまだった?」 「さてな。でもま、プリンセスが反対しない限りは――別にいいんじゃねえの」 「そ、そっか、そうだね」  好きな人が好きな人のことを思って照れている様子なんて、見ていて楽しいものではない。人数分の卵をといて砂糖塩にマヨの定番分量をかき混ぜながら、話は聞き流すことにする。 「実は、あゆにも話したんだ。気になってる人がいること、できれば一緒になりたいこと」 「……ふうん」  気をつけていないと、その話、俺聞いてないと駄目か。なんて、遮りそうになってしまう。フライパンにバターを投入し、ライスを炒め始める。 「あゆも、誠一くんのこと大好きみたいだし」 「へー、それは光栄だな。でもなんで突拍子も無く俺の話なんだ?」 「僕にもよく分からないんだけどね。気付いたら、好きになってた」 「えーと、誰を?」 「え?」 「ん?」  話に違和感を覚えて、思わず彼を振り返る。お互い間抜けな顔をして、無言で見つめ合ってしまった。 「その、君のことを……」 「誰が」 「僕が」 「……ん?」  脳みそが情報を受け入れようとしない。処理速度が著しく落ちた脳をどうにか動かそうとしていたところ、見ていたアニメがCMに入ったらしいあゆみちゃんがまたやってきた。 「わっ、誠一お兄さん、フライパン、フライパン!」 「うわ危ね! 底焦げつくとこだった」 「もう! おいちゃん、誠一お兄さんの邪魔しちゃ駄目でしょ! 普通のごはん作れるのお兄さんだけなんだから!」 「ご、ごめんなさい……」  状況から見て松本が調理の邪魔をしたのだと判断したあゆみちゃんの手によって、松本が台所から連行されてゆく。その背中を見送りながら、手元ではバターライスを皿へ盛り付ける。  今の会話の流れ、なんか話がかみ合ってなかったような。  っていうか、え?  好きな人って、……まさか。

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