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第5話 夢
晴は夢の世界を揺蕩っていた。大学近くの教会の前にいる2人の姿を浮いている身体が上から見ていた。
「隆二に呼ばれて来たけど、晴がなんでここに?晴も呼ばれたのか?」
「いや、僕が隆二に頼んだんだ……」
(久しぶりだのこの夢。続きはこうだ……)
「お前が?」
「あ、うん」
光輝の前でもじもじとしている姿を、浮いている身体が上から見ていた。社会人になってもどこか初々しく緊張した面持ちの晴がそこにいる。
「どうしたんだ?珍しいな晴から呼び出しなんて」
「うん、ごめんね」
「構わない。で、それで?」
「ぼ、僕と付き合って下さい」
晴は光輝の前で90度に頭を下げて右手を差し出した。時間にして1分、晴にとっては永遠かと思う時間が空くと、光輝が手を握り返してくれた。咄嗟に顔を上げると、微笑む光輝がいた。
「これって冗談?」
「晴が言うのか?付き合うんだろ俺たち」
「光輝……」
振られて気持ち悪い顔をされるのを何度もシュミレーションして嫌われる覚悟でここに来ていた。こんな展開になるのは考えててもいない晴は呆けた顔をしている。よくよく考えればあの隆二の親友をしているくらいだから、ゲイに偏見があるはずがなかった。
「どうした?」
「ホントに僕でいいの?」
「もちろん、こんな面倒な奴で良いならな」
「嘘みたい……」
「こんな事で嘘を言うほど酷い奴じゃないつもりだぞ」
23才の若い2人がそこにいた。初めて出来た彼氏とのこれからを思って幸せそうな晴の顔があった。
それでも、その後2人の関係は決して順風満帆とは行かなかった。キスをしても身体を重ねても、光輝の自由な性格は変わらなかった。晴はいつも我慢して待っていた。気持ちは晴の一方通行ばかり。同じだけの思いが返ってくる事はまずなかった。
場面は急に暗くなり、隆二が開いたばかりのお店『ジョーべ』でやけ酒を飲む晴の姿があった。こんな姿は初めてではなかった。
「またケンカか?」
「違う!」
「じゃあどうした?」
晴はグラスの縁をいじりながら俯く。
「光輝には今、仕事が大切なんだよ」
「あ、アイツまた約束すっぽかしたのか」
「……」
「まぁ、諦めるんだな。光輝のカメラ狂いは子どもの頃からだからな」
「分かってるよ……お代わり」
光輝は今、昔からの夢だったカメラマンになるためにアシスタントの仕事をしていた。撮影が伸びればそちらが優先される。その度に晴は『ジョーベ』で飲んでは潰れる事を繰り返していた。
(あの頃は良く我慢していたな~)
浮遊して夢の中の自分の姿を覗いている晴はいつもの思いを浮かべていた。何度この夢を見ても同じ思いになる。
24才の冬、ある決意を持った晴はどうにかやり繰りして光輝と休みを合わせてスペインへと旅に出かけた。
(その時の僕に言いたい。スペインに行くなって)
スペインの地での晴の目的は光輝とサグラダファミリアにいき、ここが未だに建築を続けるように自分たちも絆をもっと深めて関係を作り続けようと伝えたかった。そして確かな繋がりとして光輝にお揃いの時計を贈るつもりだった。自分の腕には真新しい腕時計。鞄の中に光輝のものが入っていた。
スペインの地で観光をした最後にライトアップされたサグラダファミリアの前に到着した晴と光輝は2人並んでその建築物を見つめた。
「なぁ、晴、ここってもう100年以上建築を続けているんだよな~」
「そうだよ、だから俺たち「決めた、俺にも続けていきたいことが決まった」」
「えっ、何?」
「俺、戦場カメラマンになるよ。ここにはいつか出来上がるっていう希望がある。俺もその希望を掴む為に戦場に行ってくる」
「なんで、希望が戦場なんだよ!」
訳の分からない状態に晴は混乱を極めた。
「俺にも分からない、でも、きっとそこに希望があると俺の勘が言ってる」
「光輝……」
瞳を輝かせて話す光輝に晴は言葉を失った。説得力の全くない言葉に返す言葉はなかった。
晴には関係を続けていく象徴でも、光輝には希望を生み出すものでしかないのだ。すでにこの関係に疲れて次の確かなモノが欲しかった晴には光輝を止める力は無かった。そしてなすがままを受け入れ、その旅を最後に晴は光輝との別れを決めた。もちろん、腕時計が光輝に渡ることはなかった。
ハッと目覚めるとそこはワンルームの自分のシングルベットの上だった。
(この夢、久しぶりに見たな~)
「ふう、あれから12年かぁ~、光輝は何してるんだろうな~」
身体を投げ出して昨日の格好のままで眠っていた晴は、天井を見上げ大きなため息を付いた。一度起き上がり凝り固まった肩を解すとキャメルのデニムジャケットを脱いでもう一度ホワイトカットソーにカーゴパンツの状態で横たわった。
あれからの晴は光輝の残した『希望』という言葉にしがみつく事でしか生きてこれなかった。でなければ36才になる現在、カフェのオーナーと言う晴の姿はここになかった。そして光輝とは音信不通になっていた。さすがに12年経てば光輝への未練もなかったが新しい恋を始めることも出来ないでいた。
晴にもいろいろありすぎた。勤めていた銀行の退職。製菓の専門学校の入学。ゲイのカミングアウト。親からの勘当。カフェ『ランザ』のオープン。考えたらめまぐるしい20代だった。ようやく落ち着いた毎日が過ごせているなと感じるようになったのはここ数年だった。
ベットから起き上がった晴は今日も1日を始めるべく準備を始める。睦月の触れた感触を思いだし赤面しながら……。
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