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第6話 携帯

 カフェのお客の波が引いた時に小田切類(おだぎりるい)が晴のいるカウンターに肘を付いて話しかけて来た。  このお店は晴が大学の頃にバイトをしていたお店である。その時にお菓子との出会いがなければ会社は辞めずに擦り切れたボロボロの人生を歩んでいたと思う。製菓の専門学校に通っている時、ここのお店のケーキの味が恋しくなった晴はこのお店を訪れた。ポロッとここで働きたいという言葉を拾い上げて、オーナーは何も深いことは聞かずに雇ってくれた。お店の経営の事、コーヒーの入れ方、様々な事をここで学ばせてもらった。今ではコーヒーは前のオーナーからお墨付きをもらっいるはずなのに、今日は失敗してしまった事が何度かあった。 「ねぇ、ねぇ、晴ちゃん、今日はどうしちゃったの?」  ここでバイトしてくれている2人のうち1人の類に突っ込まれるほど今日の晴はおかしかった。 「晴ちゃんじゃなくて、マスターでしょ?」 「いいじゃん、いいじゃん。俺と晴ちゃんの仲じゃん」  類との出会いは隆二の店『ジョーベ』だった。初めはあまりにもフレンドリー過ぎる類に困惑した晴だったが、懐いてくれる姿にいつの間にかほだされてしまった。気が付いたらバイトにまで来てもらうようになっていた。接客の上手い類は今ではいなくてはならない存在だった。もう1人のバイトの月嶋雫(つきしましずく)とも時間帯が合わないなりに親しくしているようだった。 「ねぇ、なんかあったでしょ?」 「っ、何もないよ」 「うっそだ~」 「いいから、ほら手を動かして」 「はい、はい」  晴は冷静を装いながらいつまでも睦月の感触を思い出す事を繰り返していた。 (久しぶりにしたからって、引きずり過ぎだろ、僕~。でも本当に凄かったなぁ、あんなに感じたのは初めてかもしれない)  ほんのり頬を赤くしながら仕事をしている晴は、いつもより表情が明るく顔色が良かった。その顔は良い出来事があったのを物語っていた。  なんとか一日の仕事を終えて部屋に戻るといつもと違う事が待っていた。   (アレ、珍しい携帯にメールが来てる)  仕事が終わり部屋にほったらかしにしている携帯に着信のランプが付いていることに気が付いた晴は手に取って確認した。─ドキっ─ ーまた会えないか?  メールは睦月からの短い文面だった。それは晴の心を揺さぶるには十分だった。  『会いたい』晴はその文字を入力しては消すを何度も繰り返していた。そして2度、3度とそんな事を繰り返していたそんな時、誤って睦月に送信されてしまっていた。 「あ、あ、ちょっと、待って!」  晴はどうにもならないのに携帯を振って部屋の中を動き回っていた。声を上げてももうメールは相手に届いている。返事は電話で直ぐに来た。画面には登録してあった睦月の番号が並んでいた。深呼吸をしてから晴は通話をオンにした。   「はい、もしもし」 『今良いか?』 「……うん」 『今から行っても良いか?』  晴は部屋の中で直立不動だった。聞こえてきた言葉に自分の耳を疑った。 「えっ!い、今から?」 『そうだ』 「……いいけど、明日も店があるから遅くまでは付き合えないよ?」 『分かった。今からそっちに向かう』 「わかっ、え、もう切れてるし」  晴は携帯を見つめて笑ってしまった。その時、晴の心は決まっていた。いや、心のどこかで会う事を望んでいたのかもしれない。それからの晴は服を着替えたり、軽食を取ったりしながらソワソワした思いで、いつもなら電気を落としているカフェの電気を再び入れて待っていた。施錠を外し睦月の到着を待つと、カウベルを鳴らして入って来た睦月に晴は見とれてしまった。
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