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第18話 親友
そんな胸のうちの苦しい思いを吐き出す場所を求めて晴は『ジョーベ』に来ていた。
「なんて顔をしてんだ」
そんな言葉と共にいつもお酒を用意してくれる隆二に晴の瞳は潤みそうになった。
「おっと、泣くのは瀬川さんの前だけにしろよ」
「な、なんでそこでその名前が…」
「俺とお前の付き合い、何年だと思ってる。それにそんな悩ましげな顔、見ただけで恋してる顔だろ」
「……そうかもしれないけど、なんで相手が睦月だと分かるのさ?」
「お前があの人に会った時から分かってたさ」
グラスを拭きながら隆二はなんでもないことのように話し始めた。
「最初から?」
「そうだ。あの人は光輝とは違う。お前を大切にしてくれる人だ」
「隆二…」
グラスを拭く手を止めて晴の顔をしっかり見て隆二は言葉を続けた。その瞳は真剣だった。
「光輝のバカ以来まともに恋もせず、一夜限りの身体の関係ばかりだろ?今まで。それに親父さんの事も引きずってるだろお前」
そうだった。隆二は晴の事をよく知っていた。晴の家の事、そして光輝と別れた事も。必死になって忘れようともがき苦しみ、隆二に男を紹介して欲しいと縋っておいてその誰とも恋する事が出来なかったこと。そして一夜限りの男とこの店で出会って来たことも。
「もうそんな時間は終わる時が来たんだよお前に」
「終わる?本当に?」
「あぁ、終わるんだよ。お前にそんな悩ましげなな顔をさせる人はもう現れないんじゃあないか?今こそ前に進めよ晴」
「隆二、僕は幸せになっても良いのかな?」
「当たり前だろ。あの人なら必ずお前を幸せにしてくれるさ」
「なぜそこまで言い切れる?」
「瀬川さんは知られたくないだろうけど、あの人、お前とここで会った日から5日程した時から何度もここへお前の事を俺に聞きに来たぜ」
「嘘だ…」
「あんなに求めてくれる相手はそうそう居ないぞ」
隆二の言葉は晴の中にストンと落ちて来た。そしてやっと幸せになっても良いんだと思えるようになっていた。なにより睦月の行動が心底嬉しく睦月になら自分の気持ちを預けても良いとやっと信じられた。
「ありがとう隆二」
「忘れるなよ。涙は瀬川さんの前で流すんだ」
「うん」
「もう俺はお前の涙は拭かないからな」
「うん。隆二、今までありがとう」
それは隆二らしい応援の仕方だった。自分の出番は終わったと暗に告げていた。
「よし、俺からの祝いだちょっと待ってろよ」
そう言って隆二が奥から持って来たのはドンペリの中でもランクの高いピンクのドンペリ、ピンドンだった。この店に10年近く通っていればお酒の金額の相場は分かっている。
「ちょ、ちょっと待って隆二。駄目だよそんな高いお酒」
「気にするな。俺が祝いたいんだよお前の事を。飲んでくれるだろ?俺の気持ち」
「隆二…」
「ただし、一滴も残すなよ」
「分かった。隆二、本当にありがとう」
晴は隆二の思いを受け取り、シャンパングラスに注がれたピンドンに手を伸ばした。
「隆二も飲んで」
「分かった一杯だけな」
今度は晴がピンドンを隆二の為にシャンパングラスに注いだ。そして隆二と乾杯をしてお互いのグラスを飲み干した。
その後、晴はここには居ない睦月を思いながらシャンパングラスを傾けていった。
ボトルを全て飲み終える頃には、晴はフワフワした心地に酔っていた。
「晴?」
そして、ここには居るはずのない声が聞こえた。振り替えると心の中で思いを募らせていた睦月が立っていた。
「睦月どうしてここに?」
「俺が呼んだんだよ」
振り返ると珍しく笑顔の隆二がいた。
「隆二が?」
「手縞さん、連絡ありがとうございます。それから報告が遅れましたが、晴は俺が幸せにします」
「睦月…」
「あぁ、よろしく頼むよコイツの事」
睦月から言われた嬉しい言葉にお酒に酔って涙腺の緩んでいた晴は静かに涙を流した。もちろん睦月の胸の中で涙が乾くまで過ごし、涙に濡れた顔は睦月以外の人間がみる事は出来なかった。そんな2人の姿を見ていたお店の常連客たちから、2人が祝福されたのは言うまでもなかった。
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