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第2話 湧き上がる不安

 朝の10時に店を開け、夕方の7時には店を閉める。料理を提供しているのならもう少し遅くまで開けないのかと何度か聞かれたが、料理を主軸にしてはいないため首は横に振った。  食器を洗い、明日の仕込みを終わらせてあとはドナが来るのを待つ。幾らドナの恋人だと周知されているとはいえ、オメガが日も暮れた町中を1人で歩くのは危険だから。  今は好奇心で来る客が多いが、ここで稼いだ分は全て初期投資を全て賄ってくれた父や喫湯店の店主に返して全て消える。まだ満足してはいけない。料理だってもっと勉強しなければ。味を改善できるかどうかレシピと睨み合っていると、裏口の扉が叩かれ開く。振り返るとドナが手を振り呼んでいた。 「シル、帰ろ」 「わかった、少し待ってくれ」  レシピを全て食器棚の裏に隠し、金は空き巣が入っても持っていかれないように夕飯の食材と共に籠に入れる。ランタンの明かりを消し、シルヴィオはドナに籠を預け、裏口の鍵を外から掛けた。  夜目が効くドナの腕を掴み、自宅まで坂道を登る。坂道を登ったところにある一軒家が、今シルヴィオ達が住んでいる家だ。 「ドナ、明日おつかい頼んでもいいか?」 「いいよ。シルにお願いされるの俺大好き」  犬獣人特有か、アルファだというのにドナはシルヴィオに使われることが好きらしい。大したことのない用事でも、頼むだけで上機嫌になるからここ最近は頼んでばかりだ。  歩幅の違いがあってもいつも自分に合わせてくれているそれが、少し早くなる。シルヴィオが半ば早足になりついて行くと、ドナは角を曲がったところで籠をシルヴィオに持たせ、身体を抱き上げた。 「ごめんね、後ろに面倒なのついて来てるから家まで走るよ」 「わかった」  また自警団の壊滅を狙っているゴロツキだろうか。シルヴィオは籠を落とさないように抱え、ドナに体重を預けた。  こんなのも日常の一部だ。今更気にならない。むしろ、スリルがある方が面白いからいい。  家まで走ったドナは、屋内まで入ったところでぎゅうとシルヴィオを抱き締めてきた。外の匂いがついたシルヴィオへのマーキング。どうせ風呂に入ったら消えるのに、毎日のようにされるそれを受け入れる。  手を繋ぐことすらしない癖に、ハグして匂いを擦り付けることはできる。ベータからオメガに変わった自分のためだとわかっていても、本当にそれで満足できるのか不安になる。もし、自分よりもいい匂いのするオメガが現れたら。そのオメガが、すぐにドナを受け入れたら。  自分をきつく抱き締めるドナの腕に触れると、すぐにぱっと離れた。 「ごめんね、お腹空いたしご飯にしよ」  同居を始めた初日、待ちきれないと日も出ているうちから盛ったそれを強く叱責してからドナは大人しくなった。あれから、帰ってきた時のハグ以外は碌に触りもしない。  好きなんて、言葉だけなら幾らでも言える。本人を見れば有り得ないとわかっていても、運命の番いを探すために町中のオメガを喰い荒らしたなんて噂のことも思い出してしまう。  そこまでして見つけた運命の番いと一つ屋根の下で暮らしているのに何もしないのは、本当に誠実なのか、それとも。  シルヴィオは、キッチンに籠を置きに行ったそれを追いかけ背中にそっと抱きついた。

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