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第5話 初めての発情期

 今まで、オメガとしての自覚はなかった。ベータの時と変わらずにいて、違うのはドナへの好意だけ。勿論発情期なんて一度も来たことがない。  なんとか身体を起こしたシルヴィオは、甘い香りが何なのかも身体の熱の冷まし方もわからずに蹲る。  水音が消えた瞬間、甘い香りがぐんと強くなった。香りのもとが近付いてきているのか、益々脳が蕩けるように何も考えられなくなってしまう。  ノックもせず扉が勢いよく開く。噎せ返るような香りを纏わせ、ドナが焦った様子でやって来ていた。 「やっぱり発情期来てる、ちょっと待って今鎮静のハーブ持ってくるから」 「ドナ、やだ、どな」  口から溢れる言葉全てが甘ったるい。足が止まってしまったドナを呼び、手を伸ばした。  この匂いを、もっと嗅いでいたい。その手で触れてほしい。  アルファの匂いでオメガが発情期に入るなんて聞いたことがない。ベータのシルヴィオに発情のメカニズムなんてわかるはずもなく、ただドナを呼ぶ。  運命の番いだと信じたシルヴィオが放つ、今までより比べ物にならないほど濃いフェロモンに、ドナの足はシルヴィオの元へ動いてしまう。発情の鎮静効果があるらしいハーブを持って来なければいけないのに、甘い声とフェロモンに抗えない。  自分の元へとやって来たドナを抱きしめ、まだ濡れている毛並みに顔を埋める。たったこれだけでも、果ててしまいそうだ。わかりやすく主張する男の身体は抱きしめられ擦れるだけでも限界が近いと疼く。  そんな身体を軽々と抱き上げたドナは、シルヴィオを自室へと連れ込んだ。キングサイズのベッドに横にされ、布団を掛けられる。 「ごめんね、今ハーブ持ってくるから」 「どな」 「すぐ戻るから待ってて!」  ドナが出て行き、シルヴィオはドナの匂いが充満する部屋に1人残された。枕からも掛け布団からも彼の匂いしかしない。  弛緩したように動かない身体は甘い痺れを持ちドナを欲しがる。今まで一度もオメガらしい反応を示さなかった反動か、他に何も考えられない。このモヤモヤした何かを取れるのはドナだけ、それしかわからない。  バタバタと走ってきたドナはシルヴィオのフェロモンに噎せ返りながらもハーブティーを淹れる。そんなものいらない、ただドナが自分に触れてくれればいいのに。 「俺ハーブとか飲めないから味の保障はできないけど、これ飲んだら落ち着くよってアルファの友達言ってたから」  抱き上げられるだけでも嬌声が溢れる。全身が性感帯になってしまったかのようなそれを、無理やり落ち着かせるためにドナはハーブティーを飲ませた。  人と犬の血が流れるドナは、ハーブの匂いを嗅ぐことはできても飲むことはできない。だから、味について教えて誰かにもらわない限り説明もできなければ味が好みでなかったら保障ができないからとシルヴィオに勧めもしない。  それを、初めて半ば無理やりに飲ませた。ベリーだろうか、微かな酸味と塩味だ。  ハーブなんて、気休め程度にしかならない。それでも多少はフェロモンの分泌もおさまり、シルヴィオ自身もドナに触れられること以外も考えられるようになる。 「シル、今日は俺の部屋で寝ていいよ。俺はソファとかで寝るから。明日の朝とかも、もし辛かったら俺が代わりにお店出るしさ。自警団の人達には俺が説明するし、1週間くらいで終わるらしいから」 「……そんなに、休んでられない」 「発情期に入った大事な恋人を、他のアルファもいるような場所に連れて行けるわけないだろ。シルが番いにしてくれれば別だけど、それでも発情期の間は俺の目の届かない場所にいるのはだーめ」 「でも、お前料理できないだろ」 「お湯を淹れるのはシルより得意だからいいでしょ。あそこは食堂じゃなくて喫湯店だし。そろそろ限界だから俺もう外出るね、おやすみ」  幾らハーブで鎮静化しても、発情の波が引いただけ。フェロモンは消えない。  これ以上一緒の部屋にいたら襲ってしまうかもしれない。ドナはハーブティー全て飲むように告げ、部屋から出て行ってしまった。

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